冬の時代を笑いで乗切るために
—これからの経済・世相に備える—
上のものほど新しい記事となっています。
<短編物語>第5話 切り拓く明日 その5
前回までのあらすじ
勇は会社と交渉して契約制に切り替えてもらうという。出口のない中小企業勤めの勇らしい選択だと陽一は思った。とともに、勇が言う「自分の値段は自分が決める。いつまで働くかも自分で決める。」の言葉が納得できた。以前の勇からはこのような言葉は聞かなかった。勇にその話をした専門家とかいう人に陽一も会ってみたくなった。
専門家に会う
犬と猫を傍に置いて専門家は陽一に会ってくれた。陽一が自分の値段のことを訊くと専門家は優しく例を引いて説明してくれた。
「人間が大人になった時、どの人も労働力という商品を持っています。若い時からやがて死ぬまで元気であれば、よほどの大金持ち以外は労動力を売って生活の糧を得ます。そのために勉強し、努力を積み重ねて、できるだけ労働力を高く売ろうとします。なぜなら、プロ野球選手や大相撲の力士さんの例でお分かりのようにある程度の年齢が稼ぐピークです。それ以降は下り坂です。どんな仕事にもピークと終わりがやってきます。」
陽一は労働力を売る、ということの意味が分からないので、売り方があるのですか、どこで売るのですか、と質問した。
「一番多いのは会社へ就職することですね。誰でも給料が多い会社を選びますね。これが労働力という商品を売る行為です。しかし労働力の値段は会社が決めています。高く売るには高い給料を払う会社を探すしかありません。」
陽一は「自分で値段をつけるにはどうしたらいいですか。」と聞いた。専門家は「労働力を売る行為は勤務するだけではありません。会社勤務はサラリーマンという表現でひとくくりですが、工事をする場合、設計をする場合、野球選手としてチームに入る場合などは契約です。売手と買い手が交渉して値段や期間が決まったら契約します。」
陽一はそんなことも考えないでホテル会社の提示する給料に疑問も挟まなかった自分の無知に気がついた。
陽一は番知りたかった点を訊いた。「では先生、その値段はどうして決まるのですか?」
こういうことです「あなたが果物店をしているとします。仮にリンゴを100円で仕入れたらいくらで売りますか。」
「もちろん100円以上です。できたら1000円でも売れるものなら売りたいです。」
「そうですね。労働力も商品であると最初に言いました。買い手である会社は30万円で買った労働力で少なくとも30万円以上の価値を創造しないと利益が出ません。価値を創造するとは働かせることです。30万円で雇って20万円分しか働かない人であれば会社は損します。損だけでなく会社も危機になります。契約も同じです。買い手と売り手が交渉して買値以上の利益を得ることを買い手は考えるし、売り手も得た対価以上の価値を作り出すことをしないと契約は長続きしません。雇用の場合はこの点が見えにくいですが、交渉では一対一ですからお互いに納得した金額で決まります。」
得た以上の価値を創ることと聞いて、陽一は会社という組織の中で懸命に働いても、その価値を労働力の買い手である会社は認めてくれているようには思えない自分がいた。
そして陽一は思った。それなら目の前のお客様に価値のある料理を自分が直接提供して喜んでもらう、そしてその売上金は自分の手に入る、これほどわかりやすい話はない。
勇が今が時期だといった意味もわかった。体力がある今、行動しないと10年もたてばその気力がなえるのは自然のことである。
次回予告
専門家からアメリカでは、渡米した日本人は賢いからドンドン起業して成功している話も聞き挑戦の腹を固めることになる。
<短編物語>第5話 切り拓く明日 その4
前回までのあらすじ
陽一はホテルの料理人である。上役の料理長とうまくいっていない。勇は中小同族製作所でロール研磨工をしている。同族会社なので先行きの見通しはない。二人はバッテイングセンターで知り合った。二人に共通しているのは行き詰まり感である。
勇が頭が捻じれるほど考えたこととは
勇は言う。「これからはもっと人手不足になる。製作所の現場は専門工がいなくては成り立たなくなる。これは時間の問題だ。中小企業の現場は雇用崩壊だぜ。」
「一方、会社は給与をupして引き留めようとするが、使い捨ての根本は変わらん。もっと給与が高い他社へ移ってもどうせ使い捨てだ。何社を渡り鳥のように移っても時期が来たら定年、延長しても給与は下がる、そうでないと若手から不満が出る。こっちも体力がなくなる。」
それで、、と陽一は興味深く尋ねる。
勇は「俺、大事なことに気がついた。」
「どういうこと?」
「自分がいつまで働くかは自分で決めたい。それと一番大事な点だが、自分の値段は自分が付けたい。雇い手に決められるのでなく。これができないと他人に使われるだけだ」
「でも、それでは何の保証もないぜ」
勇は返す「保証?よく考えてみろや、いまでも保証はないと同じではないか?」
それを聞いて陽一はホテルでの自分の立場を考えて合点が行く気がした。このまま料理長に気を使い、会社がどう傾くかも分からない中、やる気もパワーも落ちて行きその果てにあるものは、、、、そして自分の値段は自分で決める、いつまで働くかも自分が決める、、このことが違う世界の入口を示したような気がしてきた。
勇に訊く「具体的にこれからどうする気か?」
「俺、会社と交渉して契約制に切り替えてもらおうと考えている。その条件に今勤めている製作所のほかでも新たなロール研磨の仕事を開拓することのOKを勝ち取ることだ。今の会社ではロール研磨の仕事はこれからも増えない。なので会社は俺の給与が負担になると考えると思う。その先手を打つ。」
なるほどと陽一は聞きながら自分にも当てはまる気がしてきた。厚生年金や健康保険がなくなるのは少し気になったが、、
それを見越したように勇は「ある専門家という人に聞いたんだが、会社は厚生年金と健康保険料の半分を負担しなければならないから、それが重いらしい。そのうえ契約になれば雇用関係は無いから俺に支払う賃金も会社は消費税がかからないようになる。契約にしたら会社も良いことが多いらしい。」
陽一は勇の話をきいて、自分が気がつかなかったことがあまりに多かったことに愕然とした。それと勇は社内でロール研磨工は彼しかいない。それに引き換え他にも料理人が何人もいる自分の立場がそれほど強くないことも気になった。
陽一は、勇のいう専門家の話を聞きたくなってきた。
<短編物語>第5話 切り拓く明日 その3
前回までのあらすじ
陽一はホテル勤務の料理人である。勇は中小製作所でロール研磨が専門である。
二人は友人である。上司の料理長と折り合いが悪いので陽一はホテルを辞めようと思ってることを勇に話すが、勇は辞めてほかに勤めても同じことの繰り返しであると陽一に諭す。組織内で自分以外に頼れるものはない、と思えと告げる。
勇が自分の体験から思うことを陽一に話したこと
「陽一よ、オレところも同じようなものだわ、、典型的な同族企業で主要ポストはみな一族で固めている。以前、赤の他人の経理部長が心筋梗塞で急死したときの社長の行動を見ていて冷たい人だなと思った。」
「どうして?」
「当時はコロナ前で家族葬いうものはなく普通の葬式だった。近所の人や学校の同級生が大勢来ていた。会社からも現場の主任をはじめ末端の工員や資材管理の仲間も参列していた。職場の仲間だからな、当然と言えば当然だ。おれは人情を感じたよ。」
「社長や役員は来たのか」陽一が聞く。
「社長だけ来られてた。それも中途で、じゃあ、といって帰られた。俺は社長は冷たい人だなと思ったよ。あれだけ身を粉にして会社のために尽くした人なのに。社長は経理はわからん。だから貢献が見えないのかもしれないが、その点を割り引いても冷たいなと思った。経理部長と接点がある税理士事務所の先生や事務所の担当者も馳せ参じていたのに。ほかの同族役員も誰も参列していないなかで俺は良く分かった。」
「何が?」陽一は問う。
「他人は使い捨てなのだということが。経理部長ですらあれだから研磨工の俺なんか数にも入っていないのだということが。そして先々の身の振り方を考え始めた。」
陽一が大きな仕草で同感の気持ちを示しながら言う。「この先どうする?」
勇は「アタマがねじれるほど考えた結果はこういうことだ、、」
次回予告
二人の将来展望がハッキリしてゆく。彼らが知らない最新情報を知らせてくれる人物も現れる。
<短編物語>第5話 切り拓く明日 その2
陽一が勇に話した胸の内
「実は新しく来た料理長がムツカシイ人で困っているのだ!」陽一ははなし始める。
勇は陽一に優しく聞いてやる。
「どう困るのかね?」
「新しいメニューを考えたり、タレを改良しようとしたらイランことするなと言われる。面白くない。」
「それで、、?」
「俺、今のホテル辞めてほかのレストランに転職しようと思う、、」
「転職した新しい職場が今より良いという根拠はあるのか?」
「ない。でも今のように上からアタマ押さえつけられたままではエネルギーが湧かない」
「陽一に聞きにくいこと聞くが、なぜ料理長はキミの行く手を阻むのかね?」
「本人から直接聞いた話ではないが、定年まで波風立たないようにしてしっかり退職金を手にしたいのだ、というのがもっぱらの周りの噂だ。俺が新しいことを試みて客の評判を落としたりしたら料理長の責任になるから前例のまま何も変えるな、というのが方針なんだわ。」
「中味を改善して職場の活気を出したり、顧客の嬉しい顔を見るより自分の立場を
守ることが第一だな。気の小さい男だナ、、」
「このまま料理長の下で過ごしてるうちに俺の料理人としての腕は確実に落ちる!!これも耐えられない。だから職場を変えてみようと思う。」
「料理長の上の階層はどんな考えなのかい?」勇が訊く。
「大きな組織なので厨房やホールの実態には経営層は関心はないようだ。彼らは現場を知らないから口を挟まない。それにもしM&Aになってさらに大きなホテルに買収されたら料理人が余って悪くすると退職勧奨だと現場のみんなは言っている。そうなれば最悪だヮ。」
「現実になっていないM&Aまで想定して転職を考えるのはハッキリ言ってどうかな。転職リスクが高いと思う。そんな架空の話はやめて、もっとありうることを考えよう。」
「どんなことかね」
勇は続ける「キミが今よそのレストランに就職しても、そこが同族で2代目や3代目かの世襲経営者だったらどうする?大きなホテルより中小レストランの方が圧倒的に多い。M&Aよりこっちの確率のほうが高いぜ。世襲のボンボンがだらしないのは国会議員見てたらわかると思うけれど奴らは底意地が悪いと思うョ。我々と違って守るものが多いから。俺はこれまでの経験で身に沁みている。そんな会社は赤の他人の従業員には給料は最低で、そのうえ周りには古くからいる茶坊主が何かとご注進して、ほんとうのことは上には行かない。捻じ曲げられて伝わるのが普通だ、、」
「じゃどうすれば良いのだ、俺は、、」陽一は勇の顔を見ないで下を向いたまま聞く。
「今の段階でよそへ移ることは考え直したら良いのでは。転職するほど境遇が悪くなるものだわ、、いっぱい見てきた。俺が言いたいのはこの先、本気でキミのことを考えてくれる人は居ない。自分しか信じる者はない、と覚悟を決めるこどだわ。他人を信用するな、当てにもするな!」
<短編物語>第5話 切り拓く明日 その1
この物語のあらまし
登場人物
陽一:ホテルのレストランに勤めている。彼の主な役割は「鉄板焼き」である。
勇:下町の製作所で働いている。工場でロール研磨が専門でこれまで来た。
二人はバッテイングセンターで知り合った。同じ年代であるだけでなく片方は食材を相手に、他方は鋼材と格闘するが、ともに現場仕事で鍛えられた迫力と臭いが二人を引き寄せ、話をすることになった。二人とも調理場で、工場内で一日のほとんどを過ごすため、外の空気を吸いたいと思ったのが打球場に通うきっかけであったのも共通していた。
陽一のホテルはM&Aの流れにさらされており、いつホテルの名前が変わるかしれないなかで自分の腕を磨いてきた。今ではそのホテルのレストラン部門ではかけがえのない存在であるが、数年前に招聘されてきた料理長がことあるごとに口をはさむので居心地は決して良くはない。
勇の勤める製作所は典型的な同族企業であり、主要なポストは「ご一族さま」で占められている。DX化の現在、その製作所では新鋭設計器を用いた受注生産が主力になっていて勇の持ち場であるロール研磨は傍流である。
彼らに共通するのは、ここ何年も給与が増えていないうえ、賞与に至っては減少気味である。テレビでは政治家が景気を良くし給与も増やすと演説しているが、どこの国の話?との受け止め方しかできないようになっている。一生勤めても天下りはおろか、系列への出向や再就職などの道もない。ホテルでも製作所でも澱んだ空気のもと、何となく一日が過ぎてゆく。
そんな中で陽一も勇も職人としての自分の腕を磨くことは怠らなかった。自信がある。しかし、このまま年を取った先にあるのは定年になり、使い捨てされて職場を去っていった先輩の姿である。
出口がなく天井も抑えられたような境遇のもと、タマの休みにバットを振って球の行方を追いながら一汗かくことは彼らにとって唯一の閉塞感から解放される慰安であった。
次回予告
ある休日、ひと汗かいたとき陽一が「俺 こんなこと考えている、、、」と勇に話し始めた。
<短編物語>第4話 まだ間に合う、これから、、その9 <最終回>
作業所の、PCに詳しい先生のご厚意でえみちゃんはPCを使えるようになりました。意欲が勝ったのか、理解が早いのか一通りのことができるようになりました。
「前の税理士さんにエエ加減なことされて無知であることが、どれだけみじめか思い知ったからよ、、、何の助言もなくて税理士法違反チヤウの!」えみちゃんは悔しさがバネになり必要な知識、技能を全身で吸収してゆきます。
最小限のサイズに事業を縮小した試算を新しい税理士さんと行った結果、会社は清算することになりました。最小限の仕事が確保できるため個人事業でやってゆけます。このため給与を法人から取らなくて済み、年末調整とも無縁になります。
会社を清算するときに昔購入して今は不要な飛び地も買い手がついたため、良い機会だと売却しました。売却益が出ましたが、新しい税理士さんの判断で過去10年間の繰越欠損金が充当できただけでなく、その前の年度に生じた期限切れ欠損金も使用できたため清算に際して法人税の負担はありませんでした。お父さんもお母さんもホッとしています。
「とにかく今度の件で税理士さんにもいろいろな人がおられることが分かり、いい勉強になりましたヮ。それぞれの税理士さんがどんな経歴で資格を取られて、どの分野が得意か税理士会のホームページなどで分かれば希望する税理士さんを絞り込めることができるのに。それは公表されていないのですか、先生?」お父さんは前の税理士によほど残念な思いをしたのが残っているようです。
「お父さん、残念ながら資格取得の経路や得意不得意の税理士会での公表はされていません。これからも期待できないでしょう。」
「不便なものやね。一人一人の税理士さんが勝手に得意分野を公表したら、私らはホンマかいなと思うけれど、税理士会の公表なら信用できるのに、、、何のための税理士会なんかわからんわ、とにかく税理士さんは一度選んだら簡単に替えることができないからなお更アタリハズレが心配になる。腹立ってきたヮ」とお母さんは言いながら、腹いせにケンちゃんのしっぽを踏みつけようとすることを察知したえみちゃんがケンちゃんを後ろに隠して守ります。
これからも体が不自由なえみちゃんの杖となり支えとなって共に生きてゆくケンちゃんのカラダをなでながら、えみちゃんは、伝わってくる犬の臭い、毛並み、呼吸のたびの小さな体からの鼓動に、無垢な生命体としてかけがえのない愛おしさを感じた。
お母さんのムラ気は残るものの、えみちゃんがお父さんの事業所得と自分の雑所得の申告の下準備を行い、税理士さんがチェックしたうえで、国税庁のe-taxソフトで税理士先生が横で見ている安心のもと、えみちゃんが電子申告することになりました。えみちゃんは来年の確定申告時期が来るのが楽しみでなりません。
作業所の往復と手仕事だけで世の中の片隅で生きて行かなくてはならないと思っていた矢先、税理士さんの交代を機会に、不要な会社はなくなっただけでなく、国税庁への税務申告というえみちゃんにとっては大仕事が回ってきました。お母さんもこれからはストレスがなくなりケンちゃんにも少しはやさしくしてくれればよいなーと思いながら、えみちゃんは今日も時間を見つけて電子申告の予習をします。
<短編物語>第4話 まだ間に合う、これから、、その8
契約書の中味
お父さんが出してきた前税理士との契約書は簡素なもので第1条の委嘱業務内容として①:会計データの整備・正確性チェック、②:①についての税務上のチェック、問題点指摘、質問への回答、③:決算書・申告書作成、④:①~③に関する助言、提案 以上である。
読み取れることは③の決算書・申告書は請負契約に読めるが、そのほかは外部専門家として、会社がととのえた帳簿の中身の外部からのチェックと税法上の誤りがないかのチェックであり、年末調整を代行するとか、会社がした年末調整の結果をチェックする義務は書かれていなかった。年末調整業務のチェックは顧問料の対象外であると判断するしかない。
「お父さん、年末調整の障害者控除適用ミスに関しては、前の税理士先生の責任を追及することは困難です。業務範囲が狭く決められていて問題の年末調整は掲記されていません。」
「税理士やったら税金のことなんでも知っているのだから障害者の子ォが居るのに目配りするすることは当然違うの!!腹立つ、、」と言いながらお母さんは腹いせにケンちゃんのしっぽを踏みつけようとします。」
「アカン、犬いじめたら。」えみちゃんは気持ちの持って行き場がなくそのうえ自分も確定申告で知識不足が原因で無駄な税金を払った悔しさだけではなく、お母さんが年末調整で夜遅くまで電卓叩いていた姿を思い出し無知であることの悔しさに捕らわれていた。
普段は寡黙なお父さんがハッキリと言った。「先生、わかりました。前の税理士先生を責めることはしません。しかしこの国に払い過ぎの税金があることは、自分で自分が許せんのです。無駄な税金は一銭も払いたくない。たとえエエ加減な遣い方をされるとしても。自分で時間見つけて納め過ぎの分を税務署へ行って取り戻したいと思っています。」
税理士先生の目が光った。「お父さん、税務署へ行かれる前に資料でご説明します。必要でしたら税務署へご一緒します。」
「そうですか、それだったら安心です。行ったら帰って来れないところのような気がしていますので心強いです。」
「今の税務署は風通しがよく、訪問する納税者への応接もとても丁寧です。」良く説明資料を揃えられることがポイントです。
「今度ばかりは税理士さん選びの勉強になりました。」とお父さんはつぶやいた。
次回予告
新しい税理士さんの説明で、お父さんの会社も、えみちゃんもともに5年以内の税金が還ってくるだけでなく、還付加算金という利子まで付くことを知って、えみちゃんはマスコミの歪んだ報道が伝える税務署の様子と違い、実際は署内の空気の透明感が素敵な空間であること、不正行為をしていなければチャント計算して過払い分を返してくれることが驚きでもあった。そして正確な知識の重要性にまた気付いた。無知の怖さだけでなく、世間の風評と違って税務の場には努力して学んだことがすぐ跳ね返ってくる小気味良さを感じた。
傍にいるケンちゃんの背をなでながら、もっと知りたい、勉強したい、それを助けてくれる良い税理士先生に出会った。幸運だ。えみちゃんは前を向いた。作業所にコンピュータに詳しい先生がおられる、ITCもっと学ぶぞ、、、領収書を持って帰るだけで他に何もアドバイスもなく、口を開けば売上あげましょうと空手形を出すだけの前の税理士とはキッパリ決別した。
<短編物語>第4話 まだ間に合う、これから、、 その7
障害者控除が適用できた
新しい税理士さんが、えみちゃんの障害者手帳の等級が2級であることを確認したうえで「所得税法79条の障害者控除が適用できます。えみさんは所得税申告書を毎年提出しておられますから1年ごと40万円の控除が増えますので、手続きにより40万円に応じた税額が過大納付で帰ってきます。」
「さらに、えみさんは、お父様の扶養親族ですから、お父様の所得税からも各年ごと75万円が追加して控除されます。税額は後日お知らせします」
税理士さんは淡々と説明してくれた。
そこへお母さんが尋ねる。
「それで毎年毎年そんなことを知らないものだから何年も多い目の税金払ってきたのですか。取り戻せるのは何年でしようか、、」
「申告期限から5年分までです。国税通則法23条です。」
「この子が手仕事をウチで細々始めることになって、そのうち作業所からもお手当が少しだけ出るので確定申告しなさいと言うことになって5年どころか7~8年になります。5年で切捨てとは惨いです。ほかに救済の道はありませんか。」
「調べてみました。残念ですが、ございません。」
「また、えみさんの場合はご自分で申告書を作成されたのですね。ほかの誰かの責任ではなく、ご自分の不注意となってしまいます。」
引き続いて税理士は続ける。「お父さんの場合は会社からの給与ですので確定申告はされていません。会社で年末調整をされた時に特別障害者控除の適用失念が起こっています。年末調整はどなたがされましたか?」
「私がしました。」と母
「当時の税理士さんは年末調整の扶養親族や税額計算についてチェックされましたか。」
母「いいえ何も。私らは顧問料払っているのだから年末調整の計算結果くらいは見てほしいのが本音です。」
父「なにか年末調整というのは規則が複雑なので、苦手な分野だと前の先生は言われてました。なんでも売上大きくして会社を成長させるのが良い税理士ダァと言われてましたから細かい計算は苦手なのかも」
ここで税理士の眼が光った。インスピレーションが出たり良いアイデアが出たら先生の眼が光るのを、はじめに面会した時から、えみちゃんは見抜いていた。
「ロボットのような先生やな、実にワカリヤスクて素敵!政治家のカメレオン顔よりよっぽどマシよ」えみちゃんは一人ごとを言った。
次回予告
顧問料を払っていてその委託業務に年末調整が記されていた場合、旧税理士先生も関連してくる。契約書の条項を確認しなくてはそこは分からない。
また超過納税額を返してもらうルートも。えみちゃんと、お父さんの場合は違うこと。えみちゃんは更正の請求で直接税務署へ種類を出せばよい。給与の場合はまず「年末調整過納額還付請求書兼残存過納額明細書」を提出しなければならないことや。国税とは別に市役所へはどうするのか、など問題があふれてきた。
<短編物語>第4話 まだ間に合う、これから、、 その6
税理士いろいろ
えみちゃんが調べた結果、たしかに税理士には入口がおおむね3つありました。
税理士試験5科目合格のグループ、税務職員であったグループ、その他のグループです。
どの入り口から来たということより仕事の仕方にも3タイプあるようです。
1,税法の規定や変更を始め深い知識を維持しているだけでなく気さくに相談に応じてくれるタイプ。
2,経営コンサルタントのように売上拡大や人事のことにアドバイスをしてくれるタイプ。
3,伝票や領収書を毎月ごとに渡せばコンピュータで必要な帳簿をスピーディに制作してくれるタイプ。今の先生もこのタイプです。
もちろん共通するのは期限までに正確な税務申告をしてくれる点です。国から独占資格を与えられ、資格を持たない人ができない業務であるからアタリマエなのですが、どのタイプのかたも税務申告書の作成や税務調査の立会いは当然してくれることが分かりました。
お父さんの会社はこれから大きくなることはないし、損をして一家離散にならないように固くやってゆくしか道はありません。こんな現実を考えの中心において考えた結果、消去法でまず2のタイプを外しました。さらに鉄工所は最小限に売り先を絞るうえ、お母さんがこれまで経理をしてきたのでスピーディに帳簿を作ってくれることにも期待しません。
しかしえみちゃんなりに調べたところでは会社を徐々に縮小してゆくにはこれまでの赤字を使うことはもちろん期限が過ぎた、もっと昔の欠損金も使えるとか、もし過大申告をしていた場合の特別の扱いなどがあるため1のタイプの先生に依頼するしかないとの結論になりました。
また、えみちゃんは障害者手帳を持っています。前の税理士さんはそのことに触れたことはありません。犬のケンちゃんに付き添いしてもらえないと作業所へもゆけない状態を見ているはずなのに経費の領収書の整理ばかりして、えみちゃんが障害者の何級かも聞かれたことはこれまでありません。
えみちゃんはお父さんも、えみちゃん自身も所得税を払い過ぎているのではないかとなにげに感じています。税理士さんが替わったら訊いてみようと思っています。もし税金の払い過ぎなら遡って返して欲しいのです。
次回予告
新しい税理士さんが会社の道筋を見つけてくれました。えみちゃんも、お父さんも、やはり税金の払いすぎであったことも税理士さんの手で分かりました。5年分が返却されるようです。えみちゃんは、払い過ぎの税金が戻ってくることが分かったとき、自分の存在が国から一人前の納税者として認められたように感じ、元気が出てきました。もう除け者ではないのです。普通の人と一緒に社会に参加できるのです。
<短編物語>第4話 まだ間に合う、これから、、 その5
やってきた「こんな晩」
えみちゃんが考えた算式に、お父さんの経営する鉄工所の数字をあてはめると、赤字ばかりなので赤い鉛筆で数字を記録します。そうしているうちに「会社」のかたちであることが原因で不要な支出が多いことにも気がついてきました。
決心を促す声がその晩降りてきました。
アカン、こんなことしていたら。その晩、えみちゃんにブラックボックスが見えました。お父さんの鉄工所は下請けなので消費税を請求に上乗せできないところへ、仕入れや外注人件費には消費税が上乗せされ利益が薄いのです。そのうえ支払日がすぐで請求の入金が2か月も先なのでいつもお金が足りません。
経理をしているお母さんが個人で貯めた貯金を解約して支払いに充てています。お母さんはそのたびに機嫌が悪くなり、犬のケンちゃんに八つ当たりしてしっぽを踏みつけたりします。ケンちゃんは辛抱して耐えています。
ブラックボックスは鉄工所の値打ちのある機械などだけではなく家の預金やお母さんの和服など値打ちものを飲み込んでゆきます。このままではお父さんもお母さんも、えみちゃんとケンちゃんもソコに吸い込まれてゆくのです。やがてこの世の中で生きてゆくことができない時が来るのが見えます。えみちゃんは決心しました。
「お父さん、会社やめよう。エゲツナイ!消費税の転嫁も許さない元請けの仕事を断って、残る2~3件のお得意だけにしようよ。」と、えみちゃんが話すと「オマエいつのまにそんなことが分かるようになったのや。言うこと分かる。そうしよう。」頑固だったお父さんが聞き入れてくれました。そればかりか「会社でなくなったら税理士事務所も要らんわな、その分助かる。」と言い出しました。
「税理士さんがいなくなったら細かい税金の申告に困るョ。今のセンセーは何の説明もしないで帳面作るだけ。私らに分からない点をキッチリ教えてくれる人が必要よ」
こうしてえみちゃんとお父さんお母さんが鉄工所の収支を見直すと何とかやってゆけることが見えましたが、どうしてもわからないことが残ります。税金がどれぐらい掛かってくるかです。利益が生活するのにギリギリしか残らないところへ税金が来たらやってゆけません。税金を少なくする道があるのか、今の税理士は答えられないような気がしました。
次回予告
税理士探しがえみちゃんの役目になりました。調べてゆくうちに、同じ「税理士」でも入口におおむね3種類あることも分かってきました。
<短編物語>第4話 まだ間に合う、これから、、 その4
これまでのあらすじ
えみちゃんは話すのに障害がありますが、世間の動きに敏感で経済にも知識と関心があります。両親は鉄工所を経営していますが消費税インボイス制度が始まって以来、納入先から転嫁をしないように圧力をかけられるだけでなく、値引きも要求され資金繰りは逼迫するようになり、気疲れからかお父さんも病気がちです。優しかったお母さんも感情的になり、えみちゃんの傍にいる犬のケンちゃんに辛く当たります。えみちゃんは先々に備え自分の資産について調べ、考えています。考え続けると、急に先のことが見える晩が来ます。そんな晩が来るのが待ち遠しいのです。
えみちゃんの算式
「なんやこんな犬、エエ加減にせんと保健所へ連れてゆくでぇ」
「アカン、イヌ殺したらあかん、それやったら私も死ぬ!」
「そやかて犬はカネかかるがな、狂犬病の注射やワクチン代が要るし、猫やったら何にも払いはない。最悪、三味線の皮に売れたらエサ代のモトとれる。イヌはカネかかるだけや。もう腹が立つヮこのイヌ!」
と言いながらケンちゃんのしっぽを踏みつけようとするので、えみちゃんはケンのカラダに覆いかぶさって守ります。ケンは自分が何を言われているのか分かっています。が、時々しっぽを踏まれても、嚙みつきもしないでじっと耐えています。自分がいないとえみちゃんが作業所へゆくことができないからです。
支払いの前になると母さんはこのようにケンちゃんに罵声を浴びせます。昔はそんなこと言う人ではなかったのに消費税がきつくなり鉄工所の経営がうまくゆかなくなって人が変わってしまいました。
鉄工所は少し前から従業員が辞めていなくなり外注に頼っています。材料仕入れや外注費には消費税が上乗せされるのに請求するときには消費税を上乗せできないので粗利益は下がるばかりです。その上、仕入れの締め日から支払日は10日後でにやってきます。しかし売上金が入金されるのは2ケ月先なのです。
「お父さん、こんな条件変えないと永久にお金不足よ、、」とえみちゃんはお父さんに言いました。お父さんは「オマエは黙っとれ!」と言って聞く耳もちません。
えみちゃんは鉄工所の資産から負債を差し引いた月初めの残額を分母に置き、分子に月末の残額を置いてその割合が1.0を下回ると赤字で、上回ると黒字で記録します。
同じようにえみちゃんが貯めてきて運用しているえみちゃんの投資金額の月初の値段を分母にし、月末にはその日の時価を集計してた投資金額を分子にして電卓を叩きます。えみちゃんには支払いはありませんから持っている投資金額がえみちゃんの「資本」です。こうして自分のささやかな資本の動きを黒い鉛筆と赤い鉛筆を使い分けて記録します。
お父さんの鉄工所の数字を書くときはいつも赤い鉛筆ですが、えみちゃんの資本の記録はいつも黒い鉛筆です。
次回予告
「こんな晩」先ゆきの内容がえみちゃんに降りてきました。えみちゃんは会社形態をヤメて個人経営に切り換え、かかっている役に立たない税理士さんも解約することをお父さんに話します。
<短編物語>第4話 まだ間に合う、これから、、その3
こんな晩・・資金不足が予見できる
「えみー さっさと寝んと、また根詰めて熱中して。ケンちゃん見てみ、熟睡してるがな。あんたも見習いなさい!」お母さんの声が聞こえてきます。
えみちゃんはニュースをみて「なんで、どうして?」と感じたらトコトン考え抜きます。調べます。納得できるまで。体は不自由でも頭は良いのです。
いまえみちゃんが気になるのはアメリカをはじめとする外国と日本の関係、日本の国と自分との関係、この国で生きてゆくのに自分が準備しなければならないことは何か、自分が国にできることはあるのか、です。
日本の財政だけでなく、株価、為替は毎日のニュースの最後に報じられます。えみちゃんはそれをメモします。それで流れが分かります。わからない言葉はネットで調べることができます。図書館へ行くこともあります。係りの人が親切に一緒に本を探してくれます。なんでこうなるの、、、?の点にはこだわってエエ加減にしません。
そうするうちに「資本」という言葉に気がつきました。えみちゃんも作業所の収入のほか器用な手仕事でも収入を取っています。その溜まりをみて資本というものが増殖する本性であること、自分の選択次第で大きく増殖したり、損失をこうむることも知っています。税金というものが資本の増殖に障害であることもわかってきました。
自分の小さな経済のお城の領地が大きくなったり狭くなることに例えられるようになり調べるのにますます熱心になってきます。
「早く寝ないとカラダ壊すよ。もう、、この子はしょうがない子オや、、」お母さんはこう言いながらえみちゃんをカラダごと寝間に連れて行こうとしますが、目を覚ましたケンちゃんがお母さんとえみちゃんの間に入ってそれをさせません。
「どうしようもないイヌやこの犬は、、」と言いながらお母さんは諦めて向こうへ行きました。ケンちゃんはいつもえみちゃんの味方です。
えみちゃんは分かっています。両親の経営している鉄工所の余命があまりないことを。二人の資金繰りの会話から財務状況が分かります。
両親が居なくなった後、一人になった自分がこの国で生きてゆくにはお金と税金に関する智識だけが頼りであることを。智識が資産を生み、守り、それができてはじめて自分の「自由」が手に入ることも。智識がなく資産を失えば今後乏しくなる行政サービスのもとでは、3度のごはんにもこと欠き、人間としての立場も危うくなることを自覚しています。
大学生が、持込可というヌルイ試験を経て、卒業証書という形式を得て良い会社へ就職するための手段とする大学とは真逆の、生きるための本当の智識がこうしてえみちゃんに備わってきました。その結果、TVなどのニュースに隠された部分や、コマーシャルの裏の実相も見えるようになってきました。
そうして、えみちゃんは簡単な計算式にたどり着きました。
<短編物語>第4話 まだ間に合う、これから、、 その2
子供が感じるウソの正体
テレビなどでニュースが流れてきます。えみちゃんもケンちゃんと一緒にニュースを見ます。その内容と街へ出たときに人々から感じるものが違い過ぎることに気がつくようになりました。
総理大臣や日銀総裁が話す内容はそれらしい話ですが、街でえみちゃんが感じる空気とは違い過ぎるのです。
人々は着ているものや持ち物は立派ですが表情が貧相になってきています。上辺はつくろっていますが懐はヨロシクナイのが感じられます。若い女性は能面のように無表情で自分のことで精一杯、猜疑心の塊のように見えます。
目つきの悪い、横目をひっかけて他人のスキをうかがうような人も多くなってきました。
これまでにえみちゃんが記憶の部屋にしまっている中身は次のようなものです。
・国は借金大国で財政破綻が懸念され、最近は国債の価格が下がり損失がでている。長期金利が上がる傾向のうえアメリカさんがキャッシュ不足でドルが売られ、その結果ドル安円高になってきている。
・国債の損失が表面化したら金融危機、金融機関は手のひらを返したように融資を拒む。借り換えを繰返す中小企業は行きずまる。破産と廃業が加速する。
・非正規雇用者が全体の35%で、正規雇用の人と給与格差が開く一方。ILO(国債労働機関)も目を付け始めたらしい。
・これまで、どんどん建てられた住宅が空家になり、街はシャッター通り、えみちゃんが買い物をするご夫婦でやっておられたお店も廃業した。大きなスーパーだけが残っている。
テレビではそんなことは報道しないばかりか外国からの観光客や万博のことばかり。おかしいなーとえみちゃんは思います。新聞も郵便物も広告だらけ。売るのに必死であることが分かります。それだけに余計えみちゃんはそのような広告に乗って物を買うのことを控えます。
インフレで値段が上がりお金の値打ちが下がっているのが肌で分かる中、先々生きてゆくため預金をどう守るか考えます。借金がないだけになんとかやってゆけそうです。
お父さんとお母さんがやっている工場は支払いが増えてゆく一方、消費税のインボイスが始まってから税金分を値引きせよとのウリ先の圧力で事業が困難になっています。
次回予告・・資金不足の正体
消費税の影響がじわじわと経営に影を落とし始めました。おカネ繰りの話が夜遅くまでお父さんとお母さんがしています。資金不足になる原因が見えてきます。簡単な原因です。
<短編物語>第4話 まだ間に合う、これから、、 その1
物語のあらまし
人口減少のもと、これまでの供給過多のもとでの負の遺産が明らかになってきた。空家の激増、物価高と格差、年金・福祉の手詰まり、重い税負担、現役世代にのしかかる将来不安など、急激にこれまでの陽から反転して陰の面が出てきている。
事業経営では、設備投資の遅れ、次世代の雇用の困難、いびつな従業員構成、過大な銀行借入金などがのしかかり次のシナリオが描きにくい実態である。
このような時代に、少女の眼から見て感じたストーリーはこれまでと180度考え方が変わる世界への入口でもある。
えみちゃん
えみちゃんは少し体が不自由なので支援学校を出てから近所の就労移行支援作業所(旧授産所)に通っています。お父さんもお母さんも経営する工場の仕事が忙しいので毎朝自分でお弁当を詰めて歩いて20分ほどの作業所に飼い犬のケンちゃんをボデーガードに連れて行きます。
えみちゃんは自分で話すのは苦手ですが、人の話す言葉にはとても敏感で、晩に両親が話す仕事のことなどは殆ど覚えています。また人の表情やその表情の裏にあるその人の心の動きも手に取るように感じることができます。しかし自分で感じることを口に出したりしません。そっと心にしまい込んでおきたいのです。そうしていると仕舞い込んだ中身が心の中でどんどん活動を始めるのです。
こうして一日が終わって日が陰るとそれまでにためておいた中身が動き始めるので晩が来るのが楽しみです。傍ではケンちゃんが気持ちよく寝息を立てています。そんな晩のなかでも時々えみちゃんがハッと気がつく晩があります。そんな晩がすぐ来るのがえみちゃんには数日前にわかります。同じ中身がやって来て話してくれるのです。
えみちゃんはそれを「こんな晩」と心の中で大切にしています。
次回予告
子どもが感じるウソの正体。
<短編物語>第3話 二次相続 その7<最終回>
前回までのあらすじ
父の相続の数年後、母が死亡し、2次相続が開始された。温和な長女和子、激しい性格の次女勝子、バランスの取れた性格の長男一郎が相続人として参加する。二次相続においてのそれぞれの境遇が遺産分割に影を落とすが最終的にはミラノに住む勝子は遺産相続から降り、夫が失踪した和子も破産の瀬戸際にいながら自己の主張をとことん貫くことなく一郎と最終合意した。
和子は預金を、一郎は亡母が居住していた紫野の自宅を相続した。
分割協議の直後には和子は、、
遺産分割協議がととのって和子に預金口座の金額が移った直後から和子は電話攻勢だけでなく、アポもなく訪れる訪問者に悩まされることになった。
夫の会社の債務を取締役として完済しなければならない返済資金のメドは母からの預金と、売却する自宅の金額を充てることで立ってはいるものの、日々の生活のためにはパートを続ける必要がある和子に、そのような事情を知らない銀行、信託や証券会社から預金をしてください、良いファンドがありますよ、NISAで安定した運用をしましょう、遺言信託は如何ですかなどなど連日の電話だけでなく勤めに出て帰ったら郵便箱にはパンフレット類がどっさり投げ込まれていた。
たまたま玄関で遭遇した金融機関の従業員は作り笑顔で近づいてきて話し始めたが何も言わずに「相手にできないヮ、、」と自分で自分に言いきかせて和子はドアを閉めた。こんな時、妹の勝子がいたら大きな声で怒鳴り上げただろうと思った。過去に夫の会社が資金難に陥った時には話もろくろく聞かない冷たさであったのが手のひらを返した対応であった。
不動産を取得した一郎の税金
母の自宅を相続によって取得した一郎は、自宅が母の居住用であったため租税特別措置法に定められた「小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例」の規定を使うことができたため相続税負担は少なくて済んだ。
紫野北花ノ坊町の母の居宅は名古屋の一郎には不要であったので彼は売却したかったが、大手不動産会社に依頼することは嫌であった。というのはそれら大手は経験不足、知識不足の若手担当者に担当させるため、彼らとは世代が異なる。それ故、日本語が通じないことからスムースに進まないことを友人から聞いていてその通りであると思っていたからである。
幸いこのたび世話になった税理士並びに司法書士が共に推す信用ある地元の不動産会業者を通じて売却できた。地元に精通しているばかりではなく専門知識も豊富で人柄も信用できる人物であった。彼が嫌いな「メッチャ、、」とかいう言葉も口から出なかったことも好感できた。
そのうえ、母の死後3年以内の譲渡であったため譲渡益から3千万円が控除されたうえ相続税申告書提出期限以後3年以内の譲渡であったため一郎が負担した相続税額を売却物件の取得費(原価)に加算できたから税の経済的痛みは殆どなかった。
TVなどの広告に影響されずマスメデイアの外にいる司法書士、税理士、不動産業者など専門家の意見を尊重したことが大手に振り回されず、良い結果に繋がったと思った。
<短編物語>第3話 二次相続 その6
姉と弟の遺産分割協議
和子は冷静さを取り戻していた。そして思いをハッキリ口にした。
「一郎さん、あなたもご存知のように主人が残した銀行債務を完済するにはお母さんの預金がないと私は自宅を売っても残債が残るのよ。そうなると破産して債務から逃れるか、働いて返すしかないのよ。でもこの年になって体力が落ちてきてパートをいくつも掛け持ちするようなことはできないの、わかって。」
冷静なもの言いだが和子の眼には強い決心が見て取れた。
一郎は和子がそのように要求してくることは予測できていた。彼は会社の地位と仕事も安定している。現金が必要なわけではない。母の残した紫野の住宅を相続するつもりであった。場合によっては和子が紫野の住宅も要求したら受け入れる気持ちもあった。が、その要求は無かった。
もともと冷静な和子は、姉弟3人で幼いころお菓子などを分けるとき、長女らしくリードして姉弟間3人でバランスよく分配する性格であった。
「いいよ。姉さん。そうしよう。」一郎はためらいもなく答えた。
「一郎さん、本当にそれでいいの?」和子は念を押したが一郎は答えを変える気はしなかった。
結局、遺産分割協議書を一郎の知合いの司法書士に作成してもらい、署名捺印も終え、ミラノから必要書類を送ってきた勝子の証明書を添えて協議書は完成した。
司法書士の知合いの税理士の援助で相続税申告書は税務署に提出された。取得財産がない勝子は連名で相続税申告書に名を連ねたが相続税額の負担はなかった。
次回予告:最終回
預金は和子名義に、自宅は一郎が相続した。一郎は名古屋に自宅があるため、紫野の住居は売却した。被相続人である母 春枝の相続から3年以内の売却のため租税特別措置法の3000万円控除の特例が受けられるばかりでなくと、加えて相続税申告書提出期限以後3年以内の譲渡に該当するので、相続税額を売却物件の取得費に加算できる特例が使える結果になった。
<短編物語>第3話 二次相続 その5
前回までのあらすじ
勝子は結局、母 春枝の相続財産を一切受取らないことを選択した。相続税の申告は姉弟と連名で行うが、取得財産が無いため納税もない。一方、長女の和子は深刻な状況に追い込まれていた。
和子の身の回り
和子の夫が経営している会社が資金難に陥っていることは一郎にも伝わっていた。その後、銀行は追加融資の話を断ってきただけでなく、サービサーに貸金契約を譲渡した。現契約では和子も連帯保証人になっていた。
こんな中、夫と連絡がつかなくなり失踪の可能性がでてきた。サービサーからは弁済に関し文書が立て続けに到来した。
和子は夫が代表取締役である株式会社の取締役に就任していた。取締役は夫と和子の二人である。失踪となると定款の定めの「代表取締役に事故があるときには他の取締役が代表取締役の職務を代行する。」により矢面に引き出されることになった。
母の相続手続きが終わっていないなか和子は新たな問題を抱えることになった。とりあえず所轄の警察書に行方不明者届(以前の捜索願)を提出した。夫の情報は警察庁のデータベースに登録された。事件性がなければ一般家出人の扱いになり警察当局の捜索活動は望めない。しばらく様子見しかない。
資金繰り、行方不明の夫の問題で疲れ果てた和子は帰宅しても、ひとりで食事の準備をする気力もなく、力なくソファに倒れ込む毎日であった。
そんな中でアタマの整理をしてみた。要は残債を弁済することで、それには自宅を処分することと母の預金を相続して弁済の不足分に充てることで解決の見込みが立った。インターネットの情報では銀行がサービサーに債権を譲渡する価額は二束三文であること。そのため相当の元金弁済で完了する場合もあることの記事などが役立った。
勝子からの国際郵便
便りには一郎から窮状を聞いたので、と前置きの後、元気を出して乗り越えること、事業をしていたら困難は常の事であったが乗り越えられた自分の体験が記されていた。
それを読んで和子は、子供時代、いつも自分の後ろを「お姉ちゃん、お姉ちゃん」と呼びながらついてきていた、あどけない妹の姿を思い出した。その妹に励まされることで心に灯がともる気がした。夫には感じたことがない肉親の暖かみが伝わってきた。
手紙の最後には、もう自分は日本に戻る気はないこと。ミラノの空気が合うのでここに骨をうずめる決心をしたこと。勝子には湿り気の多い日本の気候風土と人々が合わないこと、外国から見た日本は、弱腰のボンボン政治家による貧弱な政治と質の悪い教育の国に見えること、そんな国に愛想が尽きたこと、などが書かれていた。
そういえば何事もハッキリ言う勝子は女子高のころから浮いていたことを思い出した。陰湿で表面と内心の違いがキツイこの国は彼女に合わないことが理解できた。イタリアやフランスのようなラテン系の国が生きやすいのだろうと実感した。
次回予告
遺産分割協議は和子と一郎の間でスムースに決まった。勝子からの手紙でハラが座ったのか和子も冷静さを取り戻した。
<短編物語>第3話 二次相続 その4
前回までのあらすじ
一郎はミラノの勝子とメールのやり取りをして海外に居住する相続人が用意しなければならない証明書などにつき連絡した。勝子の性格から直ぐに返事がくるはずが2ケ月経っても何の音沙汰もなかった。申告までに遺産分割をしなければならない。その期限は母の死亡日から10月しかない。
勝子からの連絡
申告期限が気になり始めた一郎のもとへ勝子から待ちに待ったメールが来た。
ミラノの店が順調で忙しいことと、母の相続税申告準備のため必要書類をととのえるため領事館に足を運んだこと、そうしている間に、今後の人生をいろいろ考えたことなどが書かれていた。
勝子の結論は相続を放棄したい、とのことであった。その理由は、商売が順調であるため、初めは母の預金を相続分だけ戴きたいと思っていたが、書類を準備するなかで、そんな後ろ向きのことにエネルギーを使うより事業の展開に拍車をかけたいのが正直な自分の気持ちであると気づいたと書かれていた。自分の商売で大きく稼ぐ見通しが立ったようである。
彼女なりに色々調べたらしい。もし子供がいれば相続放棄をすることによって子供の代襲相続権も失われるデメリットもあるが、自分には子供はいないからその点を考慮する必要はない。そこで結論を出したらしい。
一郎は相続放棄の手続きを家庭裁判所で行うには相続から3ケ月以内との定めがあること、その期限は既に経過していること、それゆえ単純承認したことになること、今後、遺産分割協議書に署名などは必要であることを知らせた。念のため母には借金はなく資産のみなので、勝子には借金の影響がないことも付け加えた。
勝子からは了解した旨と期日までに領事館で署名証明書や在留証明書などを用意すると言ってくれた。
一段落したらミラノに遊びにおいでよ、とも付けくわえられていた。相続財産を一切継承しないため、相続税の申告は姉弟連名で行うが、相続税の納税はない。よって納税管理人は必要であるが一郎が就任できると回答したことも勝子の気を楽にしたのかもしれないと一郎は思った。
次回予告
和子から早く母の預金を自分の口座へ振り込め、との催促が連続するようになった。遺産分割協議書が必要で、振込はそれからの手続きであると説明しても聞く耳を持たないで激高する。そうこうするうちに赤字会社を経営していた和子の夫が失踪する事態に、、
<短編物語>第3話 二次相続 その3
前回までのあらすじ
税務署から母 春枝の相続について、相続税に関する文書が来たため兄弟はそのことについて連絡を取り合った。遺産は住居と預金だけである。2種類の財産を3人の姉弟が承継する。単純であるが遺産の分割となると簡単ではない。特に和子は夫の会社経営が難局にあり資金不足を補うため現金への要求が切実である。
遺産分割
相続税申告までの10ケ月以内に遺産分割の話を完了しなければならないので一郎はミラノの勝子にメールで先日の和子との話し合いの内容を知らせるとともに、勝子の考えを聞いてみた。電話しようとも考えたが時差があるのでメールが良いと判断した。
勝子のミラノの店はパリと違って小ぶりではあるが勝子の物おじしない性格が街の空気に合ったのか、最近は常連客も増加して経済的にも余裕があるとのことであった。
勝子の言う要求は以下の2点だけであった。
・相続分に見合う遺産を承継したい。紫野の母が住んでいた自宅は戴く気はない。相応の預金が希望である。
・自分は海外なので必要な手続きについて教えて欲しい。
一郎は調べたり知人の司法書士に聞いたりして遺産分割協議書には日本なら印鑑証明書を付けるところイタリアでは印鑑を使わないで署名ですませるため日本領事館で「署名証明書」を取得すること、相続税の申告には「納税管理人」を選任しなければならないこと、不動産を継承するなら日本では住民票が必要である代わりに「在留証明書」を用意しなければならないことを伝えた。
気の早い勝子の性格では、すぐ返事がくると思われるのに1ケ月も2ケ月も何の音沙汰もなかった。
一郎は、自分がどの財産を承継するかの判断もできていないので、ことさら勝子に催促がましいことを言うことは差し控え、そのままにしておいた。勝子が異国で思案中と感じたからである。
一方、和子からは矢継ぎ早に最速の電話がかかってくる。昔は和子は長女らしく落ち着いていて一郎と勝子がケンカを始めると「止めなさい」と、なだめるのが常であったが今は人が変わったように預金はいつ自分の口座に振り込まれるのか厳しい口調で一郎を難詰する。電話口の和子の険しい顔が目に浮かぶようである。
思えば父の一次相続の時は昔の姉らしさがあった。父の相続の話で京都に来た和子と大宮綾小路西の小料理屋で話し合ったときは母を思いやる言葉が多かったが、その母も逝ったいま、経済的にひっ迫した事情が伝わってくる。
勝子からの連絡待ちではあるが内心では彼は預金の多くを姉たちに継承するしか円満な分割はできないかな、と感じ始めていた。
次回予告
ミラノの勝子から連絡があった。予想外の内容であった。和子からは夫の経営する会社がいよいよ行き詰まって、電話の口調も険しいもの言いから哀願調になってきた。
<短編物語>第3話 二次相続 その2
税務署からの「相続税についてのお知らせ」
和子のもとにも「相続税についてのお知らせ」が来た。税務署からの封筒が来たことがなかっただけに、不安になった和子は一郎に電話した。
「一郎さん、あなたのとこにも来ているの、税務署から、、」
「来ているよ。姉さん。」
「どうして税務署が知らせてくるのかしら。なぜわかるの?」
「お母さんの死亡届が市役所に出されて、それが法務省でまとめられて国税庁からお母さんの住所地の税務署に通知されるとインターネットで出ていたよ。」
「でも死んだら皆がみんな相続税がかかるのではないとお父さんの相続の時に言ってたじゃない。なぜウチが目を付けられているのが分からないの。」
「それは姉さん簡単なことだよ。お父さんのときに税務署へ相続税申告書を提出していたから紫野の自宅があることは税務署は把握している。市役所で固定資産税も納めているからキャッチしているよ。それと申告が必要かもしれませんとの連絡で、目を付けられているのとは違うよ。」
「そうなの。初めはびっくりしたわ」
「ところで姉さん、今は国税庁のホームページで相続税の申告要否検討表という便利なものがあるからここへ記入してゆけば判断できるよ。父の時に勉強したから税金がかかるかどうかは割合簡単にわかる。しかし空家になっている紫野の家と土地を誰が引き継ぐかの方が問題だよ。」
「あたしは預金があるからこれを戴きたいわ、、」
「姉さん、預金が欲しいのはみんな同じだよ。近いうちに会ってどうするか決める必要があるね。勝子姉さんにはメールで連絡すればよいね。」
「私はコンピュータが苦手なので一郎さん、勝子への連絡も相続税の計算もおねがいね。旦那の会社がうまくいってないので家庭内が険悪なの。早くお金欲しいわ、、、!」
次回予告
ミラノの勝子と連絡が取れた。海外居住のため相続税申告には納税管理人の届出や署名証明書や在留証明書は必要になり新たな問題が生じる。