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木村栄昌

冬の時代を笑いで乗切るために<短編物語>読むだけで税や会計の生きた知識が不思議に身に付く

これまでに掲載した「冬の時代を笑いで乗切るために —<短編物語>読むだけで税や会計の生きた知識が不思議に身に付く—」の記事一覧です。
上のものほど新しい記事となっています。

<短編物語>第6話 フラッシュバック その2

アキラの週末に起こったこと

 その週のアキラはプラスチック加工会社で急な欠勤者が出たため多忙であったが、ゴルフ練習場での3日間の勤務をキッチリこなした。その翌日の土曜日に商店街事務所へ出勤する前に徳井の経営するコンビニに寄ってみた。

 「おはよう、元気かね?」とアキラが声をかけたが徳井の返事には元気がない。
何かオカシイ!とアキラは気づいたが来店客もあるので何も言わずに店内の商品をそれとなく見ていたら、徳井が近づいてきた。

 「売上はそこそこ目標通りだが、支払に追われている、店をするのは大変だ!」とため息まじりにつぶやく。

 アキラが聞いてみると、日々の売上金は本部(フランチャイザー)への預け金になり自分の自由にならない。そこへ日々自己負担の諸経費が発生し、その支払いのため手許の現金が出てゆく。なのでいつも資金に不自由している。締日が来ると本部へのロィヤリテイの支払いが先行し、いろいろ差引かれて幾らも手許に残らない。長時間クタクタになるまで働いても生活にもこと欠くらしい。

 「店するとき説明会があっただろ、そのことに気がつかなかったのかい?」とアキラはやさしく聞いたが「そのときは分かったつもりだった。が、これほどの現実はイメージできなかった、、」と徳井はうつむきながら言う。そして「こんな状態では本部のために働いてるだけだ!」とこぼした。

 かける言葉もなくコンビニから道路に出たとたん一方通行を逆走してきた若い女のバイクにぶつけられそうになった。アキラは転倒する寸前だった。鬼瓦のような顔をしてバイクの女は去っていった。

 彼は気がついている。この国の仕組みはカタチだけの部分があることを。バイクの免許は30分ほどの学科試験とその後の講習で取れるが学科試験は丸暗記である。自動車の免許も予想問題集を丸暗記して試験に臨む。中身の知識は頭にほとんど残らない。信号無視や方向指示器も出さないクルマが異常に多い。 

次回へ続く

<短編物語>第6話 フラッシュバック その1

この物語のあらまし

近未来の日本経済の底辺の姿の描写を試みる。

<登場人物>

主人公:アキラ
 50歳 卒業時には就職不況で、これまで非正規雇用で各社を渡り歩いてきた。結婚する収入も自信もない。独身、家族はいない。これまでに就いた仕事は多種あったがどの仕事にも魅力を感じなかった。

 物価高の影響か月末近くなると手許の現金に余裕がなくなることが多くなってきた。
 昼間はプラスチック加工会社の臨時工として射出成型機の補助担当員をしている。正社員の指示のもと日々「プシューツ・ガチャン」の音とともに成型機から吐き出される製品の選別と機械のメンテナンスが仕事である。その会社も経営者が老年になって今なお銀行借入金が残り、後継者も不在で先の見通しは暗い。中小企業なのでここ数年、給与は上がっていない。

 そのため2年前から収入不足を補うため週3日、18時半から22時までゴルフ練習場の雑用係りをしている。自分よりはるかに年下の人たちが高級外車を練習場に乗り付けるのを見て、自分が歩んできたのとまったく別の世界があることを知った。

 生活に追われて働くだけの日々であるが社会保険料などの給与からの控除額や消費税の負担は容赦ないので金銭的には余裕はない。
 そこで少しでもゆとりを持ちたいので週末には地元の商店街組合の事務所で総務として勤める口を見つけた。商店街の惣菜店で買い物のときにご主人と話す機会があり、そのご主人が商店街組合の理事である関係で、これまでおられたパートの事務員さんが体調不良で退職された空きに推薦してくれた。この商店街も閉店が多くシヤッターが閉まったままの空き店舗が徐々に増えている。

 閉塞感ばかりのアキラであるが、実は彼の祖父は大東亜戦争で招集されインパールで多くの日本兵が倒れるなか奇跡的に生還した体験をもつ。祖父は何も語らなかったが、実態はずさんな作戦計画のもと食糧不足での病死が圧倒的であったと余暇に読んだ書籍で知った。兵站を考慮しない無謀な作戦司令官の名はアキラの記憶に根付いている。牟田口という名前を目にするだけで気分が悪くなる。無能なトップが組織の下部に無理を強いる官僚機構の歴史的見本がアキラに与えたものは、ただ長いものに巻かれることへの強烈な違和感である。

コンビニ経営者 徳井
 アキラが週末勤務する商店街に最近入居したコンビニの脱サラ経営者である。アキラとは同じ年代なので話も合う。

 簿記の講習会 商店街組合で簿記の講習会が開かれた。アキラには全く知らない知識であったが総務として講習会の段取りをし、後ろの席で講習を聞くことができた。講師の税理士の話がワカリヤスク面白くたちまち簿記に興味が湧いた。前にたまたまyou-tubeで簿記のシーンを目にしたが話し手の大学教授の話は面白くもなかった。が、今度の講師は税理士として生きた実例に当たっているからか話に深みがあった。

徳井と付き合う中でアキラはコンビニの資金の実情を知ることになる。

 簿記の知識に加え徳井の商売の実態を知ることで、衰退するばかりの中小企業や商店街の反面、じぶんならこうして打開できるのではないかとの根拠のない意識が芽生える契機になってゆく。

 政府財政の危機的状況に加え金利高、景気の更なる低迷、人手不足、訓練不足知識不足が原因の企業業績悪化、治安の悪化、事実か広告か判別不明のメデイア情報のなかでアキラは彼自身もやがて譲渡所得税、相続税、消費税の洗礼を受けることになる。そのことがアキラの考えと行動に影響を与える。

<短編物語>第5話 切り拓く明日 その8(最終回)

船出と形態

 勇と陽一はそれぞれ自分の腕を生かして会社に帰属する立場から自分の事業を立ち上げる計画の下で実行に移してゆく。

勇の場合
 勇はロール研磨の専門工として各地の鉄工所や製作所など数社と契約をしてゆくので専門家先生と相談して会社組織にすることを決めた。

 出資は限られた人々からのものに限定したかった。多くの資本を集めて資本金を多額にする必要はなかったし複雑な運用形態に悩まされて肝心の仕事に差し障りが生じることは本末転倒であり、何処の誰なのかを相手に伝えるための最小限の構えでやってゆこうと思った。

 専門家は「中世イタリアのパートナーシップがキミの構想によく合っているが、日本ではそのような形態はない。アメリカのパートナーシップを取り入れた「有限責任事業組合」というものがあるがなじみにくい。顧客と契約するときに相手の多くは株式会社であろう。株式会社が契約する相手が事業組合では『それ何です?』との疑問が出て、契約するまでスムースに行かず、事業組合について世間での認識もない。そうすると株式会社が一番良い。」とアドバイスしてくれた。

 続けて「ただし株主になってもらった知人が勝手に株式を売却したり、今時はやりのM&Aに応じて株式を手放したりしたら仕事どころでなくなる。そこであらかじめ議決権の行使について何らかの歯止めを設けておく必要がある。また、出資する側も配当が欲しいのが正直な気持ちであろう。そこを考えると配当を他の株式に優先する優先株を発行することも一案です。」と専門家は説明してくれた。

 勇は当分は利益を挙げても配当しないで蓄積したかったし、分配に際しては株主間で異なるより平等にシンプルに分配したかった。そのため優先株の発行は実行しないことにした。その結果「議決権制限株式」を発行するにとどめた。

 司法書士さんも交えて手続きに入った。名刺や事業案内も簡素なものであるが用意して仕事の獲得にスタートする準備は整った。ここまで来て本当に自分の命を懸けて事業を行ってゆく決意がカラダの芯から湧いてくるのが分かった。

陽一のケース
 陽一にとっては第一に必要なことは客に親しまれる店のネーミングである。なかなかピタッとした名前が見つからない。ベッドサイドにメモ帳を置いて幾晩も眠れない夜が続く。

 その次が店の立地である。彼は年配のシエフが出した須磨の店を見に行ってハッキリと店のイメージが決まった。スマホの地図を頼りに自分の店を出す場所を探して街を歩き回った。

 用意できる資金の範囲で敷金や内装費などの立ち上げ資金が必要であるだけでなく、運転資金の準備も必要であるため金融機関に相談する予定である。

 不特定多数の客が来てくれることが必須なので会社の形態などは不要であり、個人事業として税務署への開業届や保健所への届を出すだけである。

 このような日々を過ごすうち、陽一はあることに気がついた。ホテルに勤務しているときに上司の料理長に気をつかった日々に彼の眼に入った風景とまったく違って街の色合いが鮮やかなのである。やる気がそうさせるのか足取りも軽く、道で出会う人ごとに挨拶したい気持になってくる。

 準備が一段落したら、勇に会ってみようと思った。その時ちょうど夕日が沈む時であった。鮮やかな夕日がビルの壁に胸を張った陽一の姿を映し出していた。                                                    

                          完

<短編物語>第5話 切り拓く明日』その7

働くことと給料の関係・・・剰余価値の正体

 前回に専門家から「剰余価値を分子にして給与として支払われる部分を分母にすれば分子の方が大きいのが実態です。」と説明された点が陽一にはもう一つ理解できなかったので再度聞いた。

 専門家は「分かりやすい本から引用して説明します」と「今までで一番やさしい経済の教科書」や「落ちこぼれでもわかるミクロ経済学の本」などのベストセラーで著名な木暮太一先生の『超入門資本論』(ダイヤモンド社刊)の81頁~91頁を例に説明してくれた(以下木村要約)

綿糸から綿花を製造する企業例
 綿花10キロから綿糸10キロを製造するのに概ね4時間従業員が働く。
従業員の給料は日給4,000円の契約(1時間当たり1,000円の価値を生む)

<企業が生産量を倍にして綿花20キロを生産して販売する場合>
綿花10キロの綿糸原価12,000円→20キロなら24,000円(2倍になった)
10キロ生産に使用する機械設備の減価償却分4,000円→8,000円(2倍)
従業員給料:日給なので生産が2倍になっても変わらず4,000円

<生産量10キロの場合の企業原価> 
綿糸12,000円+機械減価償却4,000円+給料4,000円=20,000円

<生産量20キロの場合の企業原価>
綿糸24,000円+機械減価償却8,000円+給料4,000円=36,000円

 企業がこの綿花を40,000円で売った場合の利益は4万円-36千円=4000円
この利益は4,000円の給料で20キロ生産した従業員が付け加えた剰余価値

 4,000円の給与で20キロ生産したから8,000円相当額の労働をしたが給与は8,000円でなく4,000円であるから差額の4000円が剰余価値となる。

 専門家は「お尋ねの剰余価値率は剰余価値4000円/給与4000円=100%になります。経済統計では100%を超えるのが実態です。余分なことかもしれませんが古い経済学の教科書では剰余価値率のことを搾取率と表現しているものもあります。」

 専門家の答えを聞いて、陽一は、企業に雇用されて働くことはこの例のように4,000円でギリギリまで働いて生み出したそれを上回る価値は自分の手には残らないことがこれまでのホテルでの勤務体験から実感した。

 とともに剰余価値が会社に帰属するなら利益を得ているのであるから「ありがとう」との態度を待遇などで示してほしかったが上司の料理長にこのことを求めるのは無理だと思った。組織があるので本質は見えないことも良く分かった。

 勇の言う通りだった。明日にでも須磨ビーチにシニアの料理人さんが新設された店に行ってみようと思った。自分の店の青写真つくりのために。


次回予告
  次回は最終回になります。勇と陽一はそれぞれの腕を生かして未知の世界に挑戦してゆきます。

<短編物語>第5話 切り拓く明日 その6

今回の要約

 専門家の話を聞いたあと、陽一は勇に会ってお互いの意見を交換したくなった。
自分の値段のこと、会社が得る利益の中に自分の労動力を売った価値も含まれていること、会社のために働くのではなく自分と顧客のために働くことなど話したいことはたくさん湧いてくる。

時機は今であることに気がつく

 会った最初から勇は勢いよく話した。「俺、あれからさらに考えた。今は非正規がすべての勤め人の4割近いらしい。企業の経営者は従業員を非正規に変えることで利益を出そうとしている。人の育成や訓練もしない。専門家先生は政府が非正規を増やす政策である今がチャンスだと言われた。どこの会社もベテランが減って技術が未熟な新人ばかりになる。自分の仕事をしながら新人の教育もするとなったら会社は良いが俺は手一杯だ。やってられん。

 それでどうする。陽一が尋ねる。
今は俺には腕もある、勉強もしている、体力もある。自分の値段を高く売るのは今しかない。このまま非正規雇用を増やした政策の尻ふきで会社従属の教育係になることはしない。新人は教えるよ。それは従業員としてではなく独立したプロとしてそれ相応の料金を取って実行する。もちろんロール研磨工としての契約もする。

「ということは退職して契約に切り替えるのか?」
「そうだ」勇の返答に迷いはない。

 陽一は専門家との話の最後に、働いて自分の労働力を会社組織に売った価値のうち自分が手にする給与を超える部分は結局どこに行くのかを聞いた際の話を思い出していた。

 陽一の質問に専門家は「その超える部分を剰余価値と言います。会社の成長の源になります。余分なことかもしれませんが剰余価値を分子にして給与として支払われる部分を分母とすればその割合を剰余価値率といいます。分子の方が大きいのが実態です。利益のモトですね。

 これを聞いて自分が働いた価値以上の部分は組織に属するのではなく自分が成長するために使いたいと思った。

 専門家が気分転換のためにいく須磨ビーチに最近年配の男性が新しく間口一間、座席数4~5席のピザの店を開いたとか。その人に比べれば自分には若さがあるのでもっと別の絵を描くことができると思った。腹を決めないで日々昨日の続きを続けて行くことは消耗以外に何も生まない。覚悟が決まった。

次回予告

  勇との話の中で創業助成金やスタートアップ支援金が地方自治体から出ることや創業支援の融資制度もあることが分かってきた。

<短編物語>第5話 切り拓く明日 その5

前回までのあらすじ

 勇は会社と交渉して契約制に切り替えてもらうという。出口のない中小企業勤めの勇らしい選択だと陽一は思った。とともに、勇が言う「自分の値段は自分が決める。いつまで働くかも自分で決める。」の言葉が納得できた。以前の勇からはこのような言葉は聞かなかった。勇にその話をした専門家とかいう人に陽一も会ってみたくなった。

専門家に会う

 犬と猫を傍に置いて専門家は陽一に会ってくれた。陽一が自分の値段のことを訊くと専門家は優しく例を引いて説明してくれた。

 「人間が大人になった時、どの人も労働力という商品を持っています。若い時からやがて死ぬまで元気であれば、よほどの大金持ち以外は労動力を売って生活の糧を得ます。そのために勉強し、努力を積み重ねて、できるだけ労働力を高く売ろうとします。なぜなら、プロ野球選手や大相撲の力士さんの例でお分かりのようにある程度の年齢が稼ぐピークです。それ以降は下り坂です。どんな仕事にもピークと終わりがやってきます。」

 陽一は労働力を売る、ということの意味が分からないので、売り方があるのですか、どこで売るのですか、と質問した。

 「一番多いのは会社へ就職することですね。誰でも給料が多い会社を選びますね。これが労働力という商品を売る行為です。しかし労働力の値段は会社が決めています。高く売るには高い給料を払う会社を探すしかありません。」

 陽一は「自分で値段をつけるにはどうしたらいいですか。」と聞いた。専門家は「労働力を売る行為は勤務するだけではありません。会社勤務はサラリーマンという表現でひとくくりですが、工事をする場合、設計をする場合、野球選手としてチームに入る場合などは契約です。売手と買い手が交渉して値段や期間が決まったら契約します。

 陽一はそんなことも考えないでホテル会社の提示する給料に疑問も挟まなかった自分の無知に気がついた。

 陽一は番知りたかった点を訊いた。「では先生、その値段はどうして決まるのですか?」

 こういうことです「あなたが果物店をしているとします。仮にリンゴを100円で仕入れたらいくらで売りますか。」

「もちろん100円以上です。できたら1000円でも売れるものなら売りたいです。」

「そうですね。労働力も商品であると最初に言いました。買い手である会社は30万円で買った労働力で少なくとも30万円以上の価値を創造しないと利益が出ません。価値を創造するとは働かせることです。30万円で雇って20万円分しか働かない人であれば会社は損します。損だけでなく会社も危機になります。契約も同じです。買い手と売り手が交渉して買値以上の利益を得ることを買い手は考えるし、売り手も得た対価以上の価値を作り出すことをしないと契約は長続きしません。雇用の場合はこの点が見えにくいですが、交渉では一対一ですからお互いに納得した金額で決まります。」

 得た以上の価値を創ることと聞いて、陽一は会社という組織の中で懸命に働いても、その価値を労働力の買い手である会社は認めてくれているようには思えない自分がいた。

 そして陽一は思った。それなら目の前のお客様に価値のある料理を自分が直接提供して喜んでもらう、そしてその売上金は自分の手に入る、これほどわかりやすい話はない。

 勇が今が時期だといった意味もわかった。体力がある今、行動しないと10年もたてばその気力がなえるのは自然のことである。

次回予告
 専門家からアメリカでは、渡米した日本人は賢いからドンドン起業して成功している話も聞き挑戦の腹を固めることになる。

<短編物語>第5話 切り拓く明日 その4

前回までのあらすじ
 陽一はホテルの料理人である。上役の料理長とうまくいっていない。勇は中小同族製作所でロール研磨工をしている。同族会社なので先行きの見通しはない。二人はバッテイングセンターで知り合った。二人に共通しているのは行き詰まり感である。

勇が頭が捻じれるほど考えたこととは

 勇は言う。「これからはもっと人手不足になる。製作所の現場は専門工がいなくては成り立たなくなる。これは時間の問題だ。中小企業の現場は雇用崩壊だぜ。」

「一方、会社は給与をupして引き留めようとするが、使い捨ての根本は変わらん。もっと給与が高い他社へ移ってもどうせ使い捨てだ。何社を渡り鳥のように移っても時期が来たら定年、延長しても給与は下がる、そうでないと若手から不満が出る。こっちも体力がなくなる。」

それで、、と陽一は興味深く尋ねる。

勇は「俺、大事なことに気がついた。」
「どういうこと?」

自分がいつまで働くかは自分で決めたい。それと一番大事な点だが、自分の値段は自分が付けたい。雇い手に決められるのでなく。これができないと他人に使われるだけだ」

「でも、それでは何の保証もないぜ」
勇は返す「保証?よく考えてみろや、いまでも保証はないと同じではないか?」

 それを聞いて陽一はホテルでの自分の立場を考えて合点が行く気がした。このまま料理長に気を使い、会社がどう傾くかも分からない中、やる気もパワーも落ちて行きその果てにあるものは、、、、そして自分の値段は自分で決める、いつまで働くかも自分が決める、、このことが違う世界の入口を示したような気がしてきた。
勇に訊く「具体的にこれからどうする気か?」

「俺、会社と交渉して契約制に切り替えてもらおうと考えている。その条件に今勤めている製作所のほかでも新たなロール研磨の仕事を開拓することのOKを勝ち取ることだ。今の会社ではロール研磨の仕事はこれからも増えない。なので会社は俺の給与が負担になると考えると思う。その先手を打つ。

 なるほどと陽一は聞きながら自分にも当てはまる気がしてきた。厚生年金や健康保険がなくなるのは少し気になったが、、

 それを見越したように勇は「ある専門家という人に聞いたんだが、会社は厚生年金と健康保険料の半分を負担しなければならないから、それが重いらしい。そのうえ契約になれば雇用関係は無いから俺に支払う賃金も会社は消費税がかからないようになる。契約にしたら会社も良いことが多いらしい。」

 陽一は勇の話をきいて、自分が気がつかなかったことがあまりに多かったことに愕然とした。それと勇は社内でロール研磨工は彼しかいない。それに引き換え他にも料理人が何人もいる自分の立場がそれほど強くないことも気になった。

 陽一は、勇のいう専門家の話を聞きたくなってきた。

<短編物語>第5話 切り拓く明日 その3

前回までのあらすじ

 陽一はホテル勤務の料理人である。勇は中小製作所でロール研磨が専門である。
二人は友人である。上司の料理長と折り合いが悪いので陽一はホテルを辞めようと思ってることを勇に話すが、勇は辞めてほかに勤めても同じことの繰り返しであると陽一に諭す。組織内で自分以外に頼れるものはない、と思えと告げる。

勇が自分の体験から思うことを陽一に話したこと

「陽一よ、オレところも同じようなものだわ、、典型的な同族企業で主要ポストはみな一族で固めている。以前、赤の他人の経理部長が心筋梗塞で急死したときの社長の行動を見ていて冷たい人だなと思った。」

「どうして?」
「当時はコロナ前で家族葬いうものはなく普通の葬式だった。近所の人や学校の同級生が大勢来ていた。会社からも現場の主任をはじめ末端の工員や資材管理の仲間も参列していた。職場の仲間だからな、当然と言えば当然だ。おれは人情を感じたよ。」

「社長や役員は来たのか」陽一が聞く。

「社長だけ来られてた。それも中途で、じゃあ、といって帰られた。俺は社長は冷たい人だなと思ったよ。あれだけ身を粉にして会社のために尽くした人なのに。社長は経理はわからん。だから貢献が見えないのかもしれないが、その点を割り引いても冷たいなと思った。経理部長と接点がある税理士事務所の先生や事務所の担当者も馳せ参じていたのに。ほかの同族役員も誰も参列していないなかで俺は良く分かった。」

「何が?」陽一は問う。

「他人は使い捨てなのだということが。経理部長ですらあれだから研磨工の俺なんか数にも入っていないのだということが。そして先々の身の振り方を考え始めた。」

 陽一が大きな仕草で同感の気持ちを示しながら言う。「この先どうする?」
勇は「アタマがねじれるほど考えた結果はこういうことだ、、」

 次回予告
 二人の将来展望がハッキリしてゆく。彼らが知らない最新情報を知らせてくれる人物も現れる。

<短編物語>第5話 切り拓く明日 その2

陽一が勇に話した胸の内

「実は新しく来た料理長がムツカシイ人で困っているのだ!」陽一ははなし始める。
勇は陽一に優しく聞いてやる。

「どう困るのかね?」
「新しいメニューを考えたり、タレを改良しようとしたらイランことするなと言われる。面白くない。」

「それで、、?」
「俺、今のホテル辞めてほかのレストランに転職しようと思う、、」

「転職した新しい職場が今より良いという根拠はあるのか?」
「ない。でも今のように上からアタマ押さえつけられたままではエネルギーが湧かない」

「陽一に聞きにくいこと聞くが、なぜ料理長はキミの行く手を阻むのかね?
「本人から直接聞いた話ではないが、定年まで波風立たないようにしてしっかり退職金を手にしたいのだ、というのがもっぱらの周りの噂だ。俺が新しいことを試みて客の評判を落としたりしたら料理長の責任になるから前例のまま何も変えるな、というのが方針なんだわ。」

「中味を改善して職場の活気を出したり、顧客の嬉しい顔を見るより自分の立場を
守ることが第一だな。気の小さい男だナ、、」

このまま料理長の下で過ごしてるうちに俺の料理人としての腕は確実に落ちる!!これも耐えられない。だから職場を変えてみようと思う。」

「料理長の上の階層はどんな考えなのかい?」勇が訊く。

「大きな組織なので厨房やホールの実態には経営層は関心はないようだ。彼らは現場を知らないから口を挟まない。それにもしM&Aになってさらに大きなホテルに買収されたら料理人が余って悪くすると退職勧奨だと現場のみんなは言っている。そうなれば最悪だヮ。」

現実になっていないM&Aまで想定して転職を考えるのはハッキリ言ってどうかな。転職リスクが高いと思う。そんな架空の話はやめて、もっとありうることを考えよう。」

「どんなことかね」

勇は続ける「キミが今よそのレストランに就職しても、そこが同族で2代目や3代目かの世襲経営者だったらどうする?大きなホテルより中小レストランの方が圧倒的に多い。M&Aよりこっちの確率のほうが高いぜ。世襲のボンボンがだらしないのは国会議員見てたらわかると思うけれど奴らは底意地が悪いと思うョ。我々と違って守るものが多いから。俺はこれまでの経験で身に沁みている。そんな会社は赤の他人の従業員には給料は最低で、そのうえ周りには古くからいる茶坊主が何かとご注進して、ほんとうのことは上には行かない。捻じ曲げられて伝わるのが普通だ、、」

「じゃどうすれば良いのだ、俺は、、」陽一は勇の顔を見ないで下を向いたまま聞く。

「今の段階でよそへ移ることは考え直したら良いのでは。転職するほど境遇が悪くなるものだわ、、いっぱい見てきた。俺が言いたいのはこの先、本気でキミのことを考えてくれる人は居ない。自分しか信じる者はない、と覚悟を決めるこどだわ。他人を信用するな、当てにもするな!

<短編物語>第5話 切り拓く明日 その1

この物語のあらまし

登場人物
陽一ホテルのレストランに勤めている。彼の主な役割は「鉄板焼き」である。
下町の製作所で働いている。工場でロール研磨が専門でこれまで来た。

 二人はバッテイングセンターで知り合った。同じ年代であるだけでなく片方は食材を相手に、他方は鋼材と格闘するが、ともに現場仕事で鍛えられた迫力と臭いが二人を引き寄せ、話をすることになった。二人とも調理場で、工場内で一日のほとんどを過ごすため、外の空気を吸いたいと思ったのが打球場に通うきっかけであったのも共通していた。

 陽一のホテルはM&Aの流れにさらされており、いつホテルの名前が変わるかしれないなかで自分の腕を磨いてきた。今ではそのホテルのレストラン部門ではかけがえのない存在であるが、数年前に招聘されてきた料理長がことあるごとに口をはさむので居心地は決して良くはない。

 勇の勤める製作所は典型的な同族企業であり、主要なポストは「ご一族さま」で占められている。DX化の現在、その製作所では新鋭設計器を用いた受注生産が主力になっていて勇の持ち場であるロール研磨は傍流である。

 彼らに共通するのは、ここ何年も給与が増えていないうえ、賞与に至っては減少気味である。テレビでは政治家が景気を良くし給与も増やすと演説しているが、どこの国の話?との受け止め方しかできないようになっている。一生勤めても天下りはおろか、系列への出向や再就職などの道もない。ホテルでも製作所でも澱んだ空気のもと、何となく一日が過ぎてゆく。

 そんな中で陽一も勇も職人としての自分の腕を磨くことは怠らなかった。自信がある。しかし、このまま年を取った先にあるのは定年になり、使い捨てされて職場を去っていった先輩の姿である。

 出口がなく天井も抑えられたような境遇のもと、タマの休みにバットを振って球の行方を追いながら一汗かくことは彼らにとって唯一の閉塞感から解放される慰安であった。


次回予告
 ある休日、ひと汗かいたとき陽一が「俺 こんなこと考えている、、、」と勇に話し始めた。

<短編物語>第4話 まだ間に合う、これから、、その9 <最終回>

 作業所の、PCに詳しい先生のご厚意でえみちゃんはPCを使えるようになりました。意欲が勝ったのか、理解が早いのか一通りのことができるようになりました。

前の税理士さんにエエ加減なことされて無知であることが、どれだけみじめか思い知ったからよ、、、何の助言もなくて税理士法違反チヤウの!」えみちゃんは悔しさがバネになり必要な知識、技能を全身で吸収してゆきます。

 最小限のサイズに事業を縮小した試算を新しい税理士さんと行った結果、会社は清算することになりました。最小限の仕事が確保できるため個人事業でやってゆけます。このため給与を法人から取らなくて済み、年末調整とも無縁になります。

 会社を清算するときに昔購入して今は不要な飛び地も買い手がついたため、良い機会だと売却しました。売却益が出ましたが、新しい税理士さんの判断で過去10年間の繰越欠損金が充当できただけでなく、その前の年度に生じた期限切れ欠損金も使用できたため清算に際して法人税の負担はありませんでした。お父さんもお母さんもホッとしています。

とにかく今度の件で税理士さんにもいろいろな人がおられることが分かり、いい勉強になりましたヮ。それぞれの税理士さんがどんな経歴で資格を取られて、どの分野が得意か税理士会のホームページなどで分かれば希望する税理士さんを絞り込めることができるのに。それは公表されていないのですか、先生?」お父さんは前の税理士によほど残念な思いをしたのが残っているようです。

 「お父さん、残念ながら資格取得の経路や得意不得意の税理士会での公表はされていません。これからも期待できないでしょう。」

 「不便なものやね。一人一人の税理士さんが勝手に得意分野を公表したら、私らはホンマかいなと思うけれど、税理士会の公表なら信用できるのに、、、何のための税理士会なんかわからんわ、とにかく税理士さんは一度選んだら簡単に替えることができないからなお更アタリハズレが心配になる。腹立ってきたヮ」とお母さんは言いながら、腹いせにケンちゃんのしっぽを踏みつけようとすることを察知したえみちゃんがケンちゃんを後ろに隠して守ります。

 これからも体が不自由なえみちゃんの杖となり支えとなって共に生きてゆくケンちゃんのカラダをなでながら、えみちゃんは、伝わってくる犬の臭い、毛並み、呼吸のたびの小さな体からの鼓動に、無垢な生命体としてかけがえのない愛おしさを感じた。

 お母さんのムラ気は残るものの、えみちゃんがお父さんの事業所得と自分の雑所得の申告の下準備を行い、税理士さんがチェックしたうえで、国税庁のe-taxソフトで税理士先生が横で見ている安心のもと、えみちゃんが電子申告することになりました。えみちゃんは来年の確定申告時期が来るのが楽しみでなりません。
 作業所の往復と手仕事だけで世の中の片隅で生きて行かなくてはならないと思っていた矢先、税理士さんの交代を機会に、不要な会社はなくなっただけでなく、国税庁への税務申告というえみちゃんにとっては大仕事が回ってきました。お母さんもこれからはストレスがなくなりケンちゃんにも少しはやさしくしてくれればよいなーと思いながら、えみちゃんは今日も時間を見つけて電子申告の予習をします。

<短編物語>第4話 まだ間に合う、これから、、その8

契約書の中味

 お父さんが出してきた前税理士との契約書は簡素なもので第1条の委嘱業務内容として①:会計データの整備・正確性チェック、②:①についての税務上のチェック、問題点指摘、質問への回答、③:決算書・申告書作成、④:①~③に関する助言、提案 以上である。

 読み取れることは③の決算書・申告書は請負契約に読めるが、そのほかは外部専門家として、会社がととのえた帳簿の中身の外部からのチェックと税法上の誤りがないかのチェックであり、年末調整を代行するとか、会社がした年末調整の結果をチェックする義務は書かれていなかった。年末調整業務のチェックは顧問料の対象外であると判断するしかない。

 「お父さん、年末調整の障害者控除適用ミスに関しては、前の税理士先生の責任を追及することは困難です。業務範囲が狭く決められていて問題の年末調整は掲記されていません。」

 「税理士やったら税金のことなんでも知っているのだから障害者の子ォが居るのに目配りするすることは当然違うの!!腹立つ、、」と言いながらお母さんは腹いせにケンちゃんのしっぽを踏みつけようとします。」

 「アカン、犬いじめたら。」えみちゃんは気持ちの持って行き場がなくそのうえ自分も確定申告で知識不足が原因で無駄な税金を払った悔しさだけではなく、お母さんが年末調整で夜遅くまで電卓叩いていた姿を思い出し無知であることの悔しさに捕らわれていた。

 普段は寡黙なお父さんがハッキリと言った。「先生、わかりました。前の税理士先生を責めることはしません。しかしこの国に払い過ぎの税金があることは、自分で自分が許せんのです。無駄な税金は一銭も払いたくない。たとえエエ加減な遣い方をされるとしても。自分で時間見つけて納め過ぎの分を税務署へ行って取り戻したいと思っています。」

 税理士先生の目が光った。「お父さん、税務署へ行かれる前に資料でご説明します。必要でしたら税務署へご一緒します。」

「そうですか、それだったら安心です。行ったら帰って来れないところのような気がしていますので心強いです。」

「今の税務署は風通しがよく、訪問する納税者への応接もとても丁寧です。」良く説明資料を揃えられることがポイントです。

今度ばかりは税理士さん選びの勉強になりました。」とお父さんはつぶやいた。

次回予告

 新しい税理士さんの説明で、お父さんの会社も、えみちゃんもともに5年以内の税金が還ってくるだけでなく、還付加算金という利子まで付くことを知って、えみちゃんはマスコミの歪んだ報道が伝える税務署の様子と違い、実際は署内の空気の透明感が素敵な空間であること、不正行為をしていなければチャント計算して過払い分を返してくれることが驚きでもあった。そして正確な知識の重要性にまた気付いた。無知の怖さだけでなく、世間の風評と違って税務の場には努力して学んだことがすぐ跳ね返ってくる小気味良さを感じた。
 傍にいるケンちゃんの背をなでながら、もっと知りたい、勉強したい、それを助けてくれる良い税理士先生に出会った。幸運だ。えみちゃんは前を向いた。作業所にコンピュータに詳しい先生がおられる、ITCもっと学ぶぞ、、、領収書を持って帰るだけで他に何もアドバイスもなく、口を開けば売上あげましょうと空手形を出すだけの前の税理士とはキッパリ決別した。

<短編物語>第4話 まだ間に合う、これから、、  その7

障害者控除が適用できた

 新しい税理士さんが、えみちゃんの障害者手帳の等級が2級であることを確認したうえで「所得税法79条の障害者控除が適用できます。えみさんは所得税申告書を毎年提出しておられますから1年ごと40万円の控除が増えますので、手続きにより40万円に応じた税額が過大納付で帰ってきます。」

「さらに、えみさんは、お父様の扶養親族ですから、お父様の所得税からも各年ごと75万円が追加して控除されます。税額は後日お知らせします」

 税理士さんは淡々と説明してくれた。
そこへお母さんが尋ねる。
「それで毎年毎年そんなことを知らないものだから何年も多い目の税金払ってきたのですか。取り戻せるのは何年でしようか、、」

「申告期限から5年分までです。国税通則法23条です。」

「この子が手仕事をウチで細々始めることになって、そのうち作業所からもお手当が少しだけ出るので確定申告しなさいと言うことになって5年どころか7~8年になります。5年で切捨てとは惨いです。ほかに救済の道はありませんか。」

「調べてみました。残念ですが、ございません。」

「また、えみさんの場合はご自分で申告書を作成されたのですね。ほかの誰かの責任ではなく、ご自分の不注意となってしまいます。」

引き続いて税理士は続ける。「お父さんの場合は会社からの給与ですので確定申告はされていません。会社で年末調整をされた時に特別障害者控除の適用失念が起こっています。年末調整はどなたがされましたか?」

「私がしました。」と母

「当時の税理士さんは年末調整の扶養親族や税額計算についてチェックされましたか。」

母「いいえ何も。私らは顧問料払っているのだから年末調整の計算結果くらいは見てほしいのが本音です。」

父「なにか年末調整というのは規則が複雑なので、苦手な分野だと前の先生は言われてました。なんでも売上大きくして会社を成長させるのが良い税理士ダァと言われてましたから細かい計算は苦手なのかも」

 ここで税理士の眼が光った。インスピレーションが出たり良いアイデアが出たら先生の眼が光るのを、はじめに面会した時から、えみちゃんは見抜いていた。

「ロボットのような先生やな、実にワカリヤスクて素敵!政治家のカメレオン顔よりよっぽどマシよ」えみちゃんは一人ごとを言った。

次回予告

顧問料を払っていてその委託業務に年末調整が記されていた場合、旧税理士先生も関連してくる。契約書の条項を確認しなくてはそこは分からない。

また超過納税額を返してもらうルートも。えみちゃんと、お父さんの場合は違うこと。えみちゃんは更正の請求で直接税務署へ種類を出せばよい。給与の場合はまず「年末調整過納額還付請求書兼残存過納額明細書」を提出しなければならないことや。国税とは別に市役所へはどうするのか、など問題があふれてきた。

<短編物語>第4話 まだ間に合う、これから、、  その6

税理士いろいろ

 えみちゃんが調べた結果、たしかに税理士には入口がおおむね3つありました。
税理士試験5科目合格のグループ、税務職員であったグループ、その他のグループです。

 どの入り口から来たということより仕事の仕方にも3タイプあるようです。
1,税法の規定や変更を始め深い知識を維持しているだけでなく気さくに相談に応じてくれるタイプ。
2,経営コンサルタントのように売上拡大や人事のことにアドバイスをしてくれるタイプ。
3,伝票や領収書を毎月ごとに渡せばコンピュータ必要な帳簿をスピーディに制作してくれるタイプ。今の先生もこのタイプです。

 もちろん共通するのは期限までに正確な税務申告をしてくれる点です。国から独占資格を与えられ、資格を持たない人ができない業務であるからアタリマエなのですが、どのタイプのかたも税務申告書の作成や税務調査の立会いは当然してくれることが分かりました。

 お父さんの会社はこれから大きくなることはないし、損をして一家離散にならないように固くやってゆくしか道はありません。こんな現実を考えの中心において考えた結果、消去法でまず2のタイプを外しました。さらに鉄工所は最小限に売り先を絞るうえ、お母さんがこれまで経理をしてきたのでスピーディに帳簿を作ってくれることにも期待しません。

 しかしえみちゃんなりに調べたところでは会社を徐々に縮小してゆくにはこれまでの赤字を使うことはもちろん期限が過ぎた、もっと昔の欠損金も使えるとか、もし過大申告をしていた場合の特別の扱いなどがあるため1のタイプの先生に依頼するしかないとの結論になりました。

 また、えみちゃんは障害者手帳を持っています。前の税理士さんはそのことに触れたことはありません。犬のケンちゃんに付き添いしてもらえないと作業所へもゆけない状態を見ているはずなのに経費の領収書の整理ばかりして、えみちゃんが障害者の何級かも聞かれたことはこれまでありません。

 えみちゃんはお父さんも、えみちゃん自身も所得税を払い過ぎているのではないかとなにげに感じています。税理士さんが替わったら訊いてみようと思っています。もし税金の払い過ぎなら遡って返して欲しいのです。

次回予告
 新しい税理士さんが会社の道筋を見つけてくれました。えみちゃんも、お父さんも、やはり税金の払いすぎであったことも税理士さんの手で分かりました。5年分が返却されるようです。えみちゃんは、払い過ぎの税金が戻ってくることが分かったとき、自分の存在が国から一人前の納税者として認められたように感じ、元気が出てきました。もう除け者ではないのです。普通の人と一緒に社会に参加できるのです。

<短編物語>第4話 まだ間に合う、これから、、  その5

やってきた「こんな晩」

 えみちゃんが考えた算式に、お父さんの経営する鉄工所の数字をあてはめると、赤字ばかりなので赤い鉛筆で数字を記録します。そうしているうちに「会社」のかたちであることが原因で不要な支出が多いことにも気がついてきました。

決心を促す声がその晩降りてきました。

 アカン、こんなことしていたら。その晩、えみちゃんにブラックボックスが見えました。お父さんの鉄工所は下請けなので消費税を請求に上乗せできないところへ、仕入れや外注人件費には消費税が上乗せされ利益が薄いのです。そのうえ支払日がすぐで請求の入金が2か月も先なのでいつもお金が足りません。

 経理をしているお母さんが個人で貯めた貯金を解約して支払いに充てています。お母さんはそのたびに機嫌が悪くなり、犬のケンちゃんに八つ当たりしてしっぽを踏みつけたりします。ケンちゃんは辛抱して耐えています。

 ブラックボックスは鉄工所の値打ちのある機械などだけではなく家の預金やお母さんの和服など値打ちものを飲み込んでゆきます。このままではお父さんもお母さんも、えみちゃんとケンちゃんもソコに吸い込まれてゆくのです。やがてこの世の中で生きてゆくことができない時が来るのが見えます。えみちゃんは決心しました。

 「お父さん、会社やめよう。エゲツナイ!消費税の転嫁も許さない元請けの仕事を断って、残る2~3件のお得意だけにしようよ。」と、えみちゃんが話すと「オマエいつのまにそんなことが分かるようになったのや。言うこと分かる。そうしよう。」頑固だったお父さんが聞き入れてくれました。そればかりか「会社でなくなったら税理士事務所も要らんわな、その分助かる。」と言い出しました。

 「税理士さんがいなくなったら細かい税金の申告に困るョ。今のセンセーは何の説明もしないで帳面作るだけ。私らに分からない点をキッチリ教えてくれる人が必要よ」

 こうしてえみちゃんとお父さんお母さんが鉄工所の収支を見直すと何とかやってゆけることが見えましたが、どうしてもわからないことが残ります。税金がどれぐらい掛かってくるかです。利益が生活するのにギリギリしか残らないところへ税金が来たらやってゆけません。税金を少なくする道があるのか、今の税理士は答えられないような気がしました。

次回予告
 税理士探しがえみちゃんの役目になりました。調べてゆくうちに、同じ「税理士」でも入口におおむね3種類あることも分かってきました。

<短編物語>第4話 まだ間に合う、これから、、  その4

これまでのあらすじ

 えみちゃんは話すのに障害がありますが、世間の動きに敏感で経済にも知識と関心があります。両親は鉄工所を経営していますが消費税インボイス制度が始まって以来、納入先から転嫁をしないように圧力をかけられるだけでなく、値引きも要求され資金繰りは逼迫するようになり、気疲れからかお父さんも病気がちです。優しかったお母さんも感情的になり、えみちゃんの傍にいる犬のケンちゃんに辛く当たります。えみちゃんは先々に備え自分の資産について調べ、考えています。考え続けると、急に先のことが見える晩が来ます。そんな晩が来るのが待ち遠しいのです。

えみちゃんの算式

「なんやこんな犬、エエ加減にせんと保健所へ連れてゆくでぇ」
「アカン、イヌ殺したらあかん、それやったら私も死ぬ!」
「そやかて犬はカネかかるがな、狂犬病の注射やワクチン代が要るし、猫やったら何にも払いはない。最悪、三味線の皮に売れたらエサ代のモトとれる。イヌはカネかかるだけや。もう腹が立つヮこのイヌ!」
 と言いながらケンちゃんのしっぽを踏みつけようとするので、えみちゃんはケンのカラダに覆いかぶさって守ります。ケンは自分が何を言われているのか分かっています。が、時々しっぽを踏まれても、嚙みつきもしないでじっと耐えています。自分がいないとえみちゃんが作業所へゆくことができないからです。

 支払いの前になると母さんはこのようにケンちゃんに罵声を浴びせます。昔はそんなこと言う人ではなかったのに消費税がきつくなり鉄工所の経営がうまくゆかなくなって人が変わってしまいました。

 鉄工所は少し前から従業員が辞めていなくなり外注に頼っています。材料仕入れや外注費には消費税が上乗せされるのに請求するときには消費税を上乗せできないので粗利益は下がるばかりです。その上、仕入れの締め日から支払日は10日後でにやってきます。しかし売上金が入金されるのは2ケ月先なのです。

 「お父さん、こんな条件変えないと永久にお金不足よ、、」とえみちゃんはお父さんに言いました。お父さんは「オマエは黙っとれ!」と言って聞く耳もちません。

 えみちゃんは鉄工所の資産から負債を差し引いた月初めの残額を分母に置き、分子に月末の残額を置いてその割合が1.0を下回ると赤字で、上回ると黒字で記録します。

 同じようにえみちゃんが貯めてきて運用しているえみちゃんの投資金額月初の値段を分母にし月末にはその日の時価を集計してた投資金額を分子にして電卓を叩きます。えみちゃんには支払いはありませんから持っている投資金額がえみちゃんの「資本」です。こうして自分のささやかな資本の動きを黒い鉛筆と赤い鉛筆を使い分けて記録します。

 お父さんの鉄工所の数字を書くときはいつも赤い鉛筆ですが、えみちゃんの資本の記録はいつも黒い鉛筆です。

次回予告
「こんな晩」先ゆきの内容がえみちゃんに降りてきました。えみちゃんは会社形態をヤメて個人経営に切り換え、かかっている役に立たない税理士さんも解約することをお父さんに話します。

<短編物語>第4話 まだ間に合う、これから、、その3

こんな晩・・資金不足が予見できる

「えみー さっさと寝んと、また根詰めて熱中して。ケンちゃん見てみ、熟睡してるがな。あんたも見習いなさい!」お母さんの声が聞こえてきます。

 えみちゃんはニュースをみて「なんで、どうして?」と感じたらトコトン考え抜きます。調べます。納得できるまで。体は不自由でも頭は良いのです。
  いまえみちゃんが気になるのはアメリカをはじめとする外国と日本の関係、日本の国と自分との関係、この国で生きてゆくのに自分が準備しなければならないことは何か、自分が国にできることはあるのか、です。
 日本の財政だけでなく、株価、為替は毎日のニュースの最後に報じられます。えみちゃんはそれをメモします。それで流れが分かります。わからない言葉はネットで調べることができます。図書館へ行くこともあります。係りの人が親切に一緒に本を探してくれます。なんでこうなるの、、、?の点にはこだわってエエ加減にしません。

 そうするうちに「資本」という言葉に気がつきました。えみちゃんも作業所の収入のほか器用な手仕事でも収入を取っています。その溜まりをみて資本というものが増殖する本性であること、自分の選択次第で大きく増殖したり、損失をこうむることも知っています。税金というものが資本の増殖に障害であることもわかってきました。

 自分の小さな経済のお城の領地が大きくなったり狭くなることに例えられるようになり調べるのにますます熱心になってきます。

 「早く寝ないとカラダ壊すよ。もう、、この子はしょうがない子オや、、」お母さんはこう言いながらえみちゃんをカラダごと寝間に連れて行こうとしますが、目を覚ましたケンちゃんがお母さんとえみちゃんの間に入ってそれをさせません。

 「どうしようもないイヌやこの犬は、、」と言いながらお母さんは諦めて向こうへ行きました。ケンちゃんはいつもえみちゃんの味方です。

 えみちゃんは分かっています。両親の経営している鉄工所の余命があまりないことを。二人の資金繰りの会話から財務状況が分かります。

 両親が居なくなった後、一人になった自分がこの国で生きてゆくにはお金と税金に関する智識だけが頼りであることを。智識が資産を生み、守り、それができてはじめて自分の「自由」が手に入ることも。智識がなく資産を失えば今後乏しくなる行政サービスのもとでは、3度のごはんにもこと欠き、人間としての立場も危うくなることを自覚しています。

 大学生が、持込可というヌルイ試験を経て、卒業証書という形式を得て良い会社へ就職するための手段とする大学とは真逆の、生きるための本当の智識がこうしてえみちゃんに備わってきました。その結果、TVなどのニュースに隠された部分や、コマーシャルの裏の実相も見えるようになってきました。

そうして、えみちゃんは簡単な計算式にたどり着きました。

<短編物語>第4話 まだ間に合う、これから、、  その2

子供が感じるウソの正体

 テレビなどでニュースが流れてきます。えみちゃんもケンちゃんと一緒にニュースを見ます。その内容と街へ出たときに人々から感じるものが違い過ぎることに気がつくようになりました。

 総理大臣や日銀総裁が話す内容はそれらしい話ですが、街でえみちゃんが感じる空気とは違い過ぎるのです。

 人々は着ているものや持ち物は立派ですが表情が貧相になってきています。上辺はつくろっていますが懐はヨロシクナイのが感じられます。若い女性は能面のように無表情で自分のことで精一杯、猜疑心の塊のように見えます。

 目つきの悪い、横目をひっかけて他人のスキをうかがうような人も多くなってきました。

これまでにえみちゃんが記憶の部屋にしまっている中身は次のようなものです。

国は借金大国で財政破綻が懸念され、最近は国債の価格が下がり損失がでている。長期金利が上がる傾向のうえアメリカさんがキャッシュ不足でドルが売られ、その結果ドル安円高になってきている。

・国債の損失が表面化したら金融危機、金融機関は手のひらを返したように融資を拒む。借り換えを繰返す中小企業は行きずまる。破産と廃業が加速する。

非正規雇用者が全体の35%で、正規雇用の人と給与格差が開く一方。ILO(国債労働機関)も目を付け始めたらしい。

・これまで、どんどん建てられた住宅が空家になり、街はシャッター通り、えみちゃんが買い物をするご夫婦でやっておられたお店も廃業した。大きなスーパーだけが残っている。

 テレビではそんなことは報道しないばかりか外国からの観光客や万博のことばかり。おかしいなーとえみちゃんは思います。新聞も郵便物も広告だらけ。売るのに必死であることが分かります。それだけに余計えみちゃんはそのような広告に乗って物を買うのことを控えます。

 インフレで値段が上がりお金の値打ちが下がっているのが肌で分かる中、先々生きてゆくため預金をどう守るか考えます。借金がないだけになんとかやってゆけそうです。

 お父さんとお母さんがやっている工場は支払いが増えてゆく一方、消費税のインボイスが始まってから税金分を値引きせよとのウリ先の圧力で事業が困難になっています。

次回予告・・資金不足の正体

 消費税の影響がじわじわと経営に影を落とし始めました。おカネ繰りの話が夜遅くまでお父さんとお母さんがしています。資金不足になる原因が見えてきます。簡単な原因です。

<短編物語>第4話 まだ間に合う、これから、、  その1

物語のあらまし

 人口減少のもと、これまでの供給過多のもとでの負の遺産が明らかになってきた。空家の激増、物価高と格差、年金・福祉の手詰まり、重い税負担、現役世代にのしかかる将来不安など、急激にこれまでの陽から反転して陰の面が出てきている。

 事業経営では、設備投資の遅れ、次世代の雇用の困難、いびつな従業員構成、過大な銀行借入金などがのしかかり次のシナリオが描きにくい実態である。

 このような時代に、少女の眼から見て感じたストーリーはこれまでと180度考え方が変わる世界への入口でもある。

えみちゃん

 えみちゃんは少し体が不自由なので支援学校を出てから近所の就労移行支援作業所(旧授産所)に通っています。お父さんもお母さんも経営する工場の仕事が忙しいので毎朝自分でお弁当を詰めて歩いて20分ほどの作業所に飼い犬のケンちゃんをボデーガードに連れて行きます。

 えみちゃんは自分で話すのは苦手ですが、人の話す言葉にはとても敏感で、晩に両親が話す仕事のことなどは殆ど覚えています。また人の表情やその表情の裏にあるその人の心の動きも手に取るように感じることができます。しかし自分で感じることを口に出したりしません。そっと心にしまい込んでおきたいのです。そうしていると仕舞い込んだ中身が心の中でどんどん活動を始めるのです。

 こうして一日が終わって日が陰るとそれまでにためておいた中身が動き始めるので晩が来るのが楽しみです。傍ではケンちゃんが気持ちよく寝息を立てています。そんな晩のなかでも時々えみちゃんがハッと気がつく晩があります。そんな晩がすぐ来るのがえみちゃんには数日前にわかります。同じ中身がやって来て話してくれるのです。

えみちゃんはそれを「こんな晩」と心の中で大切にしています。

次回予告

子どもが感じるウソの正体。

<短編物語>第3話 二次相続 その7<最終回>

前回までのあらすじ

 父の相続の数年後、母が死亡し、2次相続が開始された。温和な長女和子、激しい性格の次女勝子、バランスの取れた性格の長男一郎が相続人として参加する。二次相続においてのそれぞれの境遇が遺産分割に影を落とすが最終的にはミラノに住む勝子は遺産相続から降り、夫が失踪した和子も破産の瀬戸際にいながら自己の主張をとことん貫くことなく一郎と最終合意した。
 和子は預金を、一郎は亡母が居住していた紫野の自宅を相続した。

分割協議の直後には和子は、、

 遺産分割協議がととのって和子に預金口座の金額が移った直後から和子は電話攻勢だけでなく、アポもなく訪れる訪問者に悩まされることになった。

 夫の会社の債務を取締役として完済しなければならない返済資金のメドは母からの預金と、売却する自宅の金額を充てることで立ってはいるものの、日々の生活のためにはパートを続ける必要がある和子に、そのような事情を知らない銀行、信託や証券会社から預金をしてください、良いファンドがありますよ、NISAで安定した運用をしましょう、遺言信託は如何ですかなどなど連日の電話だけでなく勤めに出て帰ったら郵便箱にはパンフレット類がどっさり投げ込まれていた。

 たまたま玄関で遭遇した金融機関の従業員は作り笑顔で近づいてきて話し始めたが何も言わずに「相手にできないヮ、、」と自分で自分に言いきかせて和子はドアを閉めた。こんな時、妹の勝子がいたら大きな声で怒鳴り上げただろうと思った。過去に夫の会社が資金難に陥った時には話もろくろく聞かない冷たさであったのが手のひらを返した対応であった。

不動産を取得した一郎の税金

 母の自宅を相続によって取得した一郎は、自宅が母の居住用であったため租税特別措置法に定められた「小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例」の規定を使うことができたため相続税負担は少なくて済んだ。

 紫野北花ノ坊町の母の居宅は名古屋の一郎には不要であったので彼は売却したかったが、大手不動産会社に依頼することは嫌であった。というのはそれら大手は経験不足、知識不足の若手担当者に担当させるため、彼らとは世代が異なる。それ故、日本語が通じないことからスムースに進まないことを友人から聞いていてその通りであると思っていたからである。
 幸いこのたび世話になった税理士並びに司法書士が共に推す信用ある地元の不動産会業者を通じて売却できた。地元に精通しているばかりではなく専門知識も豊富で人柄も信用できる人物であった。彼が嫌いな「メッチャ、、」とかいう言葉も口から出なかったことも好感できた。

 そのうえ、母の死後3年以内の譲渡であったため譲渡益から3千万円が控除されたうえ相続税申告書提出期限以後3年以内の譲渡であったため一郎が負担した相続税額を売却物件の取得費(原価)に加算できたから税の経済的痛みは殆どなかった。

 TVなどの広告に影響されずマスメデイアの外にいる司法書士、税理士、不動産業者など専門家の意見を尊重したことが大手に振り回されず、良い結果に繋がったと思った。