冬の時代を笑いで乗切るために<短編物語>読むだけで税や会計の 生きた知識が不思議に身に付く
<短編物語>第10話 国境を越える若者たち その2
出会い
「日本のかたですか?」ストラスブール発、パリ東駅行きのTGV(フランス高速列車)の社内で、きれいな日本語で声をかけられた憲治は一瞬戸惑った。声の主は、彼と同じ年代の男性であった。落ち着いた物腰で目には知的な穏やかさがあるが、眉と一体になって発する目の迫力は勝ち気な負けん気を示している。
「そうですが、、」と返した憲治にその男は懐かしそうに話し続けるのであった。彼の名は勝矢といい、ストラスブールのENSAS(デザイン専門学校)で学んでいること、シテ島の近くの書店にオーダーしてあったデザイン書籍の引渡しを受けるためにパリ行きの列車に乗ったこと、デザイン学校に入学する前に日本の大手企業を思い切って退職してフランスに来たことなどを話した。
「ストラスブールは良い街ですが日本の人にはなかなか出会いません。フランス語の熟達にはその方が良いのですが、やはり生まれ育った国の言葉は気がラクになります。」
憲治はその通りだと思った。この日、憲治は打合せのため東駅でストラスブール行きの往復切符を購入したが、打合せが済んだ後、あまりにも美しいイル川のほとりで時間を使い過ぎたうえ、放射線状になっている道路に幻惑され、少し道に迷ったため、帰りの列車の発車時刻までに駅に戻れなかった。切符を再購入しなければならないところ、勝手が分からず、そう大きくない駅舎内で戸惑っていたところ、初老の上品なフランス人女性に「どうされたのですか、ここでは順番待ちのチケット自動発行機で求めてから、窓口の上の番号案内にあなたのチケット番号が掲示されたら、その指定窓口に行かれたら良いのよ」と柔らかい言葉で教えてくれた。その上、その後、ちょうど窓口で乗車券を購入中の憲治に、用事が終わって帰るその女性が「うまく行ってる?」と声をかけてくれた、その自然な親切さ、たおやかさと母国との違いを余韻のように、乗車の後、思っていたところなので、勝矢の急な日本語には驚いたのであった。
二人は東駅までの2時間を自己紹介を交えて途切れることなく話し続けた。彼等が共感したのはフランスの自由と自立の空気であった。そして継続して学び続ける姿勢であった。日本のように、目の前だけ、手っ取り早く、とは逆の、不器用な姿勢のように見えて原理原則は外さない点であった。
パリ東駅に到着後、どちらからともなくもう一度会ってお話ししよう、ということになり、リュクサンブール公園に行く坂の途中にあるカフェバーで再会を約して別れた。
資金の逼迫
実はこのころ憲治が経営する出版社は資金の逼迫の兆しが毎月ごとに顕著になり、有効な手を打たなければならない事態になっていた。逼迫の原因は憲治にはわかっていた。受注して制作するが、支払が先行し、納品後の入金条件が緩いため蓄えは減る一方であった。
弟の次郎から「アニキ、その資金繰りは間違いだ!オレとこの彫金師(シスラー)の師匠はお金に厳しく、必ず先にキャッシュを掴まない仕事は請けない。アニキのやり方ではカネに厳しいこの国では必ず行きずまる。日本では大会社、大官庁に所属していたら給料日にお下がりのようにお金が入ってくるから、カネに関しては零細事業主以外は天下泰平だが、ここはそうではない。フランス人は一人一人が徹底して個人事業主と同じ厳しさだ。大組織に属していても個人はカネにはシビアだ。
次回予告
勝矢とワインを飲みながら憲治は自分の甘さを痛感する。