Try for you

木村栄昌

冬の時代を笑いで乗切るために<短編物語>読むだけで税や会計の生きた知識が不思議に身に付く

<短編物語>第10話 国境を越える」若者たち その3

憲治の会社の状態

 憲治は出版社を始める時に出版取次を介さないで書店と直接取引する道を選んだ。委託販売での前払制度のメリットはあるが、大量の絵本を刊行することは最初から考えていなかったので取次社を介することで生じるマージンを支払いたくなかったからであった。

 それでも作品を絵本にしたい作家は多く、絵本の画材には困らなかった。販売は書店と直接交渉して店頭に置いてもらい、販売量から手数料を支払っった残りが憲治の会社の売上高であった。そこから絵本作家に支払いをしてワンクール終了する。

 最初のうちは書店での販売は順調であったが、出版するアイテムが増加するにしたがって破品(製本過程でのしくじりによる不完全本、店晒しによる陳腐化、汚れが多くなり売上の足を引っ張り始めた。

 特に日本の読者は、請求には直ぐ支払ってくれるものの、他国の読者はなかなか日本人のように支払ってくれはしない。この回収遅れがだんだん底だまりして不良債権化してきた。

 特徴的なのは外国の絵本作家は前金を要求するし、残金の支払期日に厳しく、1日でもズレると催促のメールが入る。その一方日本の作家は悠長であるというか、おとなしく前金を要求する作者は皆無であった。日本の作家の支払い要求が緩いことが救いであったが、全体として、資金が出る速さ(日数)のほうが入金のスピードより速いことは事実であった。

 生活費にも不足することになり憲治は旅行会社に登録して日本からの観光客相手の通訳兼案内人もしている。春休みや夏休みになると学校の教員や大学教授、公務員が家族連れでパリにやってくる。そしてほぼこれら旅行者のわがままに耐え、下手な買い物をなさるのを黙って見ているしかない立場の憲治にとって、この季節は憂鬱な季節であった。

 その合間に打合せのためのストラスブールからの帰途、勝矢に出会った。

勝矢の構想

 「オレは日本の大会社で働いていたがこのままでは将来が見えないと思って、思い切って退職したが、それが正解だとこちらに来てつくづく思うよ。」
「いつもM&Aの話ばかり。俺の会社は大きかったから買われる会社のことを調べて吞み込むことばかり狙っている。資本が大きいところが小さいのを恐竜のように呑み込んで大きくなる。これが進歩か、これが成長か?俺はそう思わない。大きくなって「大男総身に智恵が回りかね」だ。破裂するほど肥満膨張してまだ喰いたらん、もっともっとだァ。キリがない。巨大資本が巨大建物立ててそのうち半分は不要になる。こんな渦に巻き込まれて生きてゆきたくないと或る日決心したのだ。」

 リュクサンブール公園近くの通りを少し下がったカフェバーで勝矢は一気に話し続けた。

オレは自分の会社を立ち上げる!日本はますます貧乏になる。見てみろ。働きのわりに良い給料取ってるのは巨大企業の一部の人だ。先輩の話では、中では競争が激しく意見も通らず大変な忍耐だと。

「そのうち日本の中小企業ドンドン潰れてゆくぜ。オレが担当していた取引先の中小企業は表面はともかく中身は借金が多い。根雪のようにはびこっている。金利が低いから維持されているがこれからは高金利に向かう。金融機関自体が国債を抱かされてその国債の時価が取得価額を下回っている。特に信用金庫などはたくさん抱かされている。金融庁が信金の国債保有状況を調べ始めた。こんな状態だから、中小企業への貸付金の回収も厳しくなる。すでに10年前からゾンビになっているが、死んでいないのは緩い回収だからだ。日本は世界で最貧国になってゆく中で緩いことはもうできない。中小の破綻は大会社にも影響する。破綻に瀕した死に体の会社の後始末に出向など命じられたら最悪だァ。でも誰かが行かないかん。」

勝矢は続ける。
「そんな中小企業は同族経営ばかりだ。一族でないと上には上がれん。良い人材は定着しない。巨大企業にはエリート校出たものしか入れない。俺のような普通の人間は居場所はない。与党国会議員の半数以上は世襲だ。こんな国に改革などありえないとオレは思う。だから他国で死ぬ気でやれば閉そく状態の日本より報われると考えたのだ。起業して死ぬ気でやる!」

 憲治には勝也のような背景も時代認識もなかった。彼の決意にくらべて流されたような日常に埋没しかけた自分がいた。