Try for you

木村栄昌

冬の時代を笑いで乗切るために<短編物語>読むだけで税や会計の生きた知識が不思議に身に付く

<短編物語>第10話 国境を越える若者たち その7

前回までのあらすじ
 憲治はパリで小さな出版社をしているがお金にシビアなフランスで事業の資金繰りに苦慮している。憲治より先にパリに来た弟の次郎から見たら兄の運営方法はヌルく見えるので直言する。フランスに来てから知りあった勝矢も金銭の厳しさを強調する。そんあある日、日本の母から父が重病であることが知らされた。知人の日本の税理士は相続税の準備を勧める。次郎は相続財産を引継ぐ気はないという。困った憲治は久しぶりにストラスブールで勝矢に会って意見を聞くことにした。

フランスの税務専門家

 二人はイル川ほとりのリバーサイドカフェで川風に吹かれながら話をした。一通りの話を聞いた勝矢は「わかりました。ストラスブールには心当たりはないがパリに税務専門家(エクスペル コンターブレ)の知人がいるので聞いてみましょう。」と言ってくれた。そしてこう付け加えた。
「そこは会計事務所としては豪勢なしつらえだ。応接室はロココ風で統一されている。お金にウルさいフランス人からあれだけの事務所を維持できるほど稼げるコツは報酬の取り方が上手いからだと思う。キミがもし、漫然と焦点を絞らないで相談に行ったら初回料や調査料にタイムチャージが乗っかって驚く金額にならなければ良いのだが、、、」これを聞いて、資金繰りに困っている憲治は避けたい気持に傾いていた。たしかにフランス人は平素の食事も質素であった。基本は自炊である。外食にお金はかけない。早く言えばケチ、良く言えば合理的。しかしお金は蓄えている。盛り場での飲みすぎ食べすぎで宵越しの金は持たないとか、会社にツケを回る悪弊が残る日本人とかなり違う。自分の考えに忠実で他人への見栄など全くと言ってよいほどない。

 憲治はこう考えて、自社の資金が豊かではないのも関連していると気が付いた。

 問題は相続しないという次郎への処し方である。憲治がAIを使って調べたところ相続財産を継承しない道は二つあった。放棄のほかに限定承認という道があった。相続後3ケ月以内の期限は放棄と同じであるが、限定承認の手続きは、ほかの相続人である母や自分が賛成しなければに次郎一人ではできない(民法923条)。その上、家庭裁判所に限定承認の申出を受理する家事審判を経るため手続きが厄介である。結局、相続放棄しか残らない。これで次郎と話を詰めようと思った。

思わぬ伏兵の出現

 憲治はフランスの税務専門家に尋ねる前に日本の税理士にフランスでも相続税がかかるのか聞いてみようと思いメールした。

 異国の税制であるが日本の税理士は粗削りであるがと前置きしたうえで回答してくれた。それによればフランスに過去10年のうち6年以上居住しておればフランス国内に相続財産がなくても日本にある相続財産にもフランスの相続税が課税されると回答があった。憲治は5年であるが次郎は10年を超えてフランスにいる。次郎は日本の相続税とフランスの相続税の両方の課税を受けることになる。二重課税であるから日本で納めた相続税はフランスで控除されるとメールには書いてあった。

次郎の怒り

 「どうしてオレは日本とフランスの二か国にまで相続税の申告をしなければならないのだ!やり過ぎだ。」と血相を変えて吼える。

 特に次郎が感情を高ぶらせた点は、日本の税理士が試算してくれた内容である。その試算では両国の税率がよく似ているため、もし日本で相続税を払っても殆どの部分の税額はフランスで外国税額控除されるが、ゼロとは限らないこと。日本の相続税を日本円で支払い、フランスの相続税をユーロで支払うところ、もし、フランスの相続税を日本円で支払う場合には円安であるため納税額が為替分だけ増額してしまう点であった。

 「財政赤字を放っておいて円安になるばかりだ。そのことが為替変動分までオレにツケが回る!やってられん。そもそも日本は相続税の基礎控除3000万円プラスアルファと少ない。アメリカでは1,500万ドル(日本円156円なら23億6000万円)まで相続税(正確には遺産税)は免税だァ。大金持ちからアメリカのように税金を取ればよい。桁が二桁も違う。日本の相続税は大衆課税だ。だから日本に居たら資産家になれない。フランスに来ても日本の税金に追われるのは腹が立つ。」

 憲治は弟がまくしたてるのを聞きながらなるほどと思った。さらにフランスでは居住期間が6年になれば自分も次郎のように両国の税のターゲットになってしまうことも新たな心配事になて来た。病の父が長く生きてほしいのはやまやまであるが、そのことは自分のフランスでの居住期間が5年から6年になり、相続税を招来する。辛い境遇である。