冬の時代を笑いで乗切るために<短編物語>読むだけで税や会計の 生きた知識が不思議に身に付く
<短編物語>第10話 国境を越える若者たち その9
前回まで
日本の税理士に相続税の厄介事を依頼すると憲治も母も気分が軽くなった。母はこれから犬や猫と父の仏壇を守りながら、ゆっくりした日々を過ごしたいと言う。憲治は自分の事業について思い込みから脱皮でき、違う展開のいとぐちを探そうと思った。勝矢の学ぶ領域にそのヒントがあるように思った。勝矢の指導教授が日本人は捨てることをしないから五里霧中に入ってしまう(その4掲載)との話を記憶している。捨てて捨てて残った中に単純なダイアモンドがひっそりと取上げられるのを待っていることは間違いない。それを探すのだと決心した。それは父の死を契機に日本へ帰国して掴んだことでもあった。その意味で父が与えてくれたものかもしれなかった。
憲治の出発
パリ行にはヘルシンキ経由のフィンランド航空を利用するので早朝に出発した。まだ薄明かりの中、母と犬と猫が玄関先で見送ってくれた。特に犬は憲治が遠くの国に行くのが分かるのか、尻尾を振って足にまとわりつきながらクーンクーンと寂しげな声を出して落ち着かない。憲治が街角を曲がり切るまでずっと身を乗り出して憲治を見ていた。白い犬であるから薄明けの空を背景に、いつまでも動こうとしないで見送る姿が憲治の脳裏に残った。白い犬は昔から神様の御使いだとの言い伝えを思いだした。
パリのオフイスに戻ってPCを立ち上げ、メールをチェックし、銀行口座の残高の推移を確認したら、フランス出国前に手を打っておいた効果がたちまち現れていた。預金口座からの自動払いをストップしたため、通常の月よりも残高が急に増えていたばかりでなく、譲れない条件であった前金の入金が数件実行されていただけでなく、新規取引先とのサブスクリプション契約によって資金の定期的な流入があった。資金は吉兆を示していた。これらの手を打たなかったら資金は早め早めに自動流出し人体に例えると下痢症状を繰返していたところであった。
次は、刊行するアイテムを選択し集中することであった。捨てて捨てて、その底にあるダイアモンドを拾い上げるだけである。
この時、吉兆と白い犬が憲治の中で結びついた。「そうだ犬を軸に猫など動物絵本に特化しよう!」天からインスピレーションが降りてきた。あの旅立ちの朝、憲治が辻を曲がるまで身を乗り出して見送ってくれた白い犬、あの犬を母のもとに遣わした天の意思がダイアモンドを憲治に知らせてくれたのだ。それは父の死がもたらしたものでもあった。そう思うと胸の奥が小刻みに震える。憲治の背中に誰かが手を置いた感触があった。憲治は後ろを振り向いたが誰もいない。でも自分以外のチカラが指針をもたらしてくれたのだ。日本に帰ることなく一人パリで出口を探していても同じところをグルグル回っていただろう。
新しい経営指針
多文化共生のパリは異文化間の摩擦が生じやすく、落ち着きがない。この際、パリから定型手続きと作業工程を日本に支店を設けて移行し、日本人スタッフを採用し、勝矢に立ち上げのルーチンの作成とトレーニングを依頼することを決めた。母と行ったイタリアンレストランのスタッフの機敏さが強い印象で残っていた。
勝矢には学業があるので彼が可能かどうか心配したが、AIエージェントを組み込むことで簡潔な業務マニュアルができるうえ、自分が学ぶデザインルールを実地に生かせることがエキサイテインィテイングだ、と彼はやる気満々である。
滞っていた歯車が良い方向に動き出した。資金面が潤沢傾向であることが憲治を更に後押しした。
本店はパリに置いたままでゆくので、日本オフィスの物件を探すため再度来日した憲治は「駅裏の奥まった静かな物件」にフォーカスして探し回った。駅南ビル、コンチネンタルビル、ワールドビル、ユニバーサルビルが最終候補に残った。面白いのは駅南→コンチネンタル→ワールド→ユニバーサルと名前が大きくなるほどビルは小さくなり、家賃も少額になることだった。パリを連想できるコンチネンタルビルと契約した。
パリ本社・日本オフイス 所在地:コンチネンタルビルが新しい入れ物になった。ここから挑戦が始まるのだ。