冬の時代を笑いで乗切るために<短編物語>読むだけで税や会計の 生きた知識が不思議に身に付く
<短編物語>第8話 いとをかし・・M&A 第3話
シーン2 横大路シンプル興産本社工場 応接室
M&A仲介会社「綾茂コンサルタンツ」の提案書を単野から入手した正井は、提案内容にある単野社長の持株買取価格が150万円と安すぎること、買い手である横島商事との取引の前に確認手続き(デユーデリジエンス:DD)がないこと、短時日に個人保証を解除すると言明していること、単野が希望する役員退職金の支払い原資も、その時期も提案書では触れていないこと、2億円の銀行借入金をどうするのかが不明であることなど重要な疑問があるため日程を繰上げて会社にやってきた。本社工場には銀行借入金を原資に手に入れた高精度な断裁・製本の最終工程を自動推進する機械が揃っている。これらは正井が走り回って中小企業経営強化税制の認定を受けたものや、産業競争力強化法の情報技術投資促進税制適合により、決算で租税特別措置法の特例を適用したものである。正井にとっては懐かしい機械類である。
正井は単刀直入に尋ねる。「社長はこの提案をどうお考えですか、肝心の役員退職金については触れられていませんね。」
「相手さんも決算があるから急ぐとかで、株式が相手さんに移ってからその件は詳細を決めましょと言われてます。」
「こんな優秀な機械を揃えて株価が150万円とはハッキリ申し上げて安すぎます。」正井は言う。
「社長の個人保証を解除する件、日程が書かれていますが、借入金の弁済はどうなるのですか?借入返済しないままで個人保証だけを外すことはできないでしょう。横島商事さんが借入金と保証を肩代わりするとも書いていませんね」正井は畳みかける。
「それも株式が移ってから銀行折衝するので心配ないと言われます。」
「株式を取得して経営の実権を握ってから、多分会社にある現預金を基にして社長退職金を支払う。これで預金は無くなりますョ。銀行借入金を返す資金余力は貴社にはありませんね。なのに保証を解除する話を銀行さんと始める、ということですか?」
「そうです。そのように言われてました。」と単野。
「そこでお聞きしますが単野社長が150万円受け取った後、横島商事さんは個人保証解除の話を銀行と始めない、借入金はそのまま、役員退職金も払わない、それどころか最新機械をどこかに転売してしまう、こんなこともあるかもしれませんよ、、、」
「ひえーっ、そうなったら私どうしましょ、、借金残って、個人保証にくくられて会社はもうない、生きてゆけません、、、」
正井は続ける。「あらかじめ買い手の横島商事の登記簿その他で調べてみました。会社の不動産にも横島社長の自宅にも仮差押えがされています。債権者は個人の金融業者と数件の金融会社です。」インターネットの評判は良くありません。AIでは出てきませんでした。とても買収会社の借入金を肩代わりできる会社とは思えませんね。」
「仲介の綾茂コンサルタンツはどこで知り合いましたか。」
「飛び込みで来られました。」
「綾茂という名前からしてアヤシゲですね。勝手な予見はできませんが相手の狙いは会社にあるキャッシュと新鋭機械かもしれません。2億の借入金から機械買われた残りが貸借対照表の現預金の部にあります。損益計算書が示すように会社の営業利益は出ていません。2億の借金を返済する体力はないのです。そんな会社を買う?単野さん。相手の立場に身を置いて考えられたら相手の意図が分かるのではないですか」
シーン3 伏見市街を横切って御香宮へ
単野はうつむいたままであった。ここ(本社工場)では深刻な話はできない、壁に耳あり障子に目あり、ということで単野の要請で正井と歩きながら話をすることになった。道すがら単野は自分の生い立ちから話し出した。こんな時、口を挟まないで聞き役に徹することが重要であることを正井は長年の税理士人生で会得していた。
「私は家庭の事情で子供の時に施設に入っていました。その施設にはお父さんが戦死した子ォも多かったです。親が居なくても自分のことは自分でできるようにと炊事、洗濯、掃除からモノの収納など全部仕込まれました。働きに出て給料もらえるようになってから死に物狂いで働きました。家庭の臭いも何も知らないまま一人暮らしで仕事だけで生きてきました。休みの日も断裁工程の参考書で勉強しました。それが楽しかったんです。独立してからも自炊はお手のもの。おカネが無いから市場の終わりがけの「見切り」で捨値の食品を買うのが常でした。お米は籾殻を取り除く時に割れたりして、ふるいにかけたときに選別された小さな米(こごめ)を食べてました。小米は当時では犬のエサでした。」
「結局、そのツケで子供もないままこの歳になりました。家庭というものを知らないけれど紙と機械の間ばかりの生活の潤いのために宮川町のお茶屋でウサ晴らししたりしましたが、心の中は仕事のことでした。この歳になって跡継ぎが無いのが虚しく今の工場主任に後をやってくれへんか、と話しました。彼は分かりましたと答えてくれました。喜んでいたのも一日だけでした。主任は帰宅してから、後を継ぐ!社長が認めてくれた!と喜んで奥さんに話したらしい。奥さんは、アンタ、やめとき。会社には借金がたくさんあると言ってたんやないか、、そんな借金私は嫌やで。社長の言われる通り跡継ぐんやったらアタシこの家出てゆくヮ。ほんまやで、、慰謝料たんまり払ってや。他人のシャッキン払うのアホクサイワ、というので跡継ぎの話はチャラになりました。主任はエエ男だけれど、女の人は厄介やー」
そこまで聞いて正井はシンプル興産(株)継続の筋道が見えてきた。
単野は言う。「横大路からいつの間にか御香宮さんが見えるところまで来てしまいましたね。先生ありがとうございました。実は私、特に趣味もないのですが新選組が好きですねん。歴史の過渡期に現われて消えていった終わり方が、、自分に重ねているのかもしれません。ここらは鳥羽伏見の戦さの時の舞台でした。御香宮さんの丘から薩摩の大山弥助(のちの大山巌元帥)が弥助砲という大砲で、この南の今は団地になっている伏見奉行所に立てこもる新選組と会津藩砲兵隊と打ち合いになったところです。お宮さんの裏門から自宅のある毛利長門までは直ぐです。実は私は以前から散歩しながら終わり方、を心の奥で考えていたように思います。今日の先生のお話よく考えます。危ないところでした。」
正井は別れ際、自分にはM&Aによらないで事業を残す道があることを単野に話した。その方法は外国渡来のM&Aではなく、日本古来からの組織の継承にヒントを得たものであった。任侠道と共に語られる神農道いわゆるテキ屋さんの継承の話である。