Try for you

木村栄昌

冬の時代を笑いで乗切るために<短編物語>読むだけで税や会計の生きた知識が不思議に身に付く

<短編物語>第9話 資金城盛衰記 その5

泰平が語ったこと

夕陽が隣のビルに影を落とし、その影が時間と共に長くなってゆく季節の夕方であった。街の喧噪も少なくなってゆく。しっとりとした少し湿った空気が外から忍び入ってくる。

 地見は泰平家具の資金がセンム夫妻の浪費癖によって浸食されてゆくことで、この会社に見切りを付けようかと思っていた矢先、泰平社長の話を聞くことになった。 

「センムはもう治らん。アレは病気と思うしかない。センムの嫁は持って生まれた強情者、その娘はリッチエスカレーター学院でドラムスメになってしまった。もう辛抱の限界にきた。地見さんにも嫌な思いや、不安な思いをさせたと思う。」

泰平はしんみりと話す。

「何が悪かったのか自分でも分からないのです。センムが中学生くらいまでは普通の子ォでした。その後は急に小遣いをもっとくれ、もっとくれ、と言い出しました。私が事業に打ち込み過ぎたからか、母親が失踪したので不憫だったこともあり、お金で埋め合わせする気持ちは確かにありました。事業にかまけて子供の気持ちを思いやることもなかったことは確かです。結局、息子には辛抱をすることを身に付けさせられないまま成人してしまいました。何でも自由に手に入る、このことが原因ではないかと思っています。」

地見は、泰平がそこまで自分を責めることはないと思ったが、口には出さなかった。戦後の教育が年々悪くなってゆくことは地見の世代のオトナは同じことを感じている。

あれは今から30年以上も前のことであつた。その頃は、日本企業がアメリカのロックフェラーセンターを買い取る話も出るほど勢いがあった。当時勤めていた会社の同僚たちと居酒屋で、今の日本の国力と勢いが30年経っても維持できるかというハナシになった時、即座に全員が「それはない、教育が悪いから120%不可能!!」との結論だった。

事実その通りになっただけである。そんな時代なのだと地見は内心で思った。 

自分の死後の見取図

 「市役所の法律相談で弁護士や税理士先生に実情をはなして、いろいろ聞きました。相続人はセンムだけですから、センムを相続人から廃除できたら、たった一人の私の妹が相続人になれると思っていました。が、そうではなく、その場合はセンムのドラ娘が代襲相続権を持つらしいです。センムが相続放棄したらドラ娘に相続権はありません。民法939条でセンムは初めから相続人でなかったことになりますから。私は貧乏で不遇だった妹に十分なことをしてやれなかったので、せめて相続人になってほしかったのです。それが最近、妹は亡くなりました。センムが放棄すれば妹の一人息子が代襲相続人になれると民法889条2項に定めてあることを先生方に教えてもらったのです。これを聞いて急に青空が見えた気がしました。但しセンムが放棄するかが問題です。それがされないままセンムが亡くなったら厄介です。鬼嫁とあの娘が相続人です。

 子供を偏愛する親が多い中で、地見には実子のセンムが相続権を失つたら青空が見えたような気がすると言う泰平社長の気持ちは直ぐには理解できなかったが、事業をする人間ゆえの冷徹な心なのか、持って生まれた肉親への淡白さゆえなのか、ずっと勤め人でやってきた自分にはないものを感じていた。

 地見も法律を学んでいたから泰平の描く構想は分かったので、こう応じた。

「しかし社長、放棄はなかなか難しいのではないでしょうか、、、」

 「そのことも聞いています。地見さん、それでね、遺言で全財産を妹の息子、秀夫に渡そうと思っています。」

 世には(後に続く相続人のために)相続を減らそうとする者は多いが、泰平にはそのような気持はカケラもなかった。

 「遺留分がありますよ。」「その時はその時や、死んだ後のこと考えてたらキリない。違いますか地見さん、、」 

聞けば秀夫よく勉強ができたそうである。先を見る眼もあるのか、日本の大学は今やレジャーランドで勉強する場ではないと判断して学費も安い国立高専に進んだ。高専の先輩で5年の課程を終わってから修了コース2年勉強して米国のMIT(マサチューセッツ工科大学)大学院に進んだ人もいるらしい。「先が読める子ォや。しかし妹も家族の縁が薄く、秀夫は一人になった。家に犬がいて一緒に食べ物を分け合って暮らしている。この犬がよく出来たイヌで、秀夫が思い通りにならないで、いらだった時など「世の中思う通りにならないものですぜ。もっと不幸な人も多いですョ。辛抱してください、と言う顔で耳を後ろに動かして、尻尾を立て、両手を前にもってきて諭すらしい。」

妹の看病で秀夫は就職試験を受けられなかった。泰平は認知症発症の診断が出る前に秀夫に自分が所有する泰平家具の全株を贈与しようと思っていることも地見に打ち明けた。